雨はとうに止んでいた。
洗われたような街並みの中を、フードを被った少女が早足で通り過ぎていく。跳ねる足元の水溜まりも気にせずに、夜の闇を突き進んだ。雨が降った後だというのに肌寒く感じないのは、季節柄のせいだろう。春霞が湯気のように、どこからか沸き出る。まるで、進むべき道をわからないようにするために、少女の体にまとわりついては消えていった。
交差点に差し掛かって、彼女は短く舌打ちをする。苛立ちを抑えきれない少女と反対側の横断歩道は、カッコウが鳴いていた。
立ち止まりたくなかった。
濡れた横顔が、行き来する車のライトに照らされて浮かび上がる。悲しみに潤んだ瞳から、大粒の涙が堪え切れずに滑り落ちていく。人通りの多い夜の渋谷でも、誰もその事に気づく者はいないとわかっている。それでも、自分が傷ついている姿を誰にも見られたくはなかった。
「好きになんか、なるんじゃなかった……」
震える声で、独り言ちた。
張り裂けそうなこの胸の思いを、誰かに聞いて欲しい。取り出して、どこか遠くへ持って行ってと泣いてお願いして、自分の知らない場所に埋めて欲しい。
辛い。
苦しい。
逃げ出したい。
それなのに。この甘い痛みを、少女はまだ、覚えていたかった。忘れたくないだなんて、矛盾していると笑ってしまう。
春の生ぬるい風が、嗤うように首筋を撫でていく。悲しい嗚咽が、夜の街にひとつ咲いた。