目の上のたんこぶ

 母には友人が多い。
 平日の夜はママさんバレーに誘われるし、休みの日には旧友とランチに行ったりする。廃れかけの風物詩「年賀状」も、毎年たくさんの人から送られてくる。

 今年送られた年賀状の差出人を、母が一枚一枚丁寧に説明してくれた。

「この人は大学時代にバーで仲良くなった人。この人は、最初に勤めた会社を辞めて、バイトした時にお世話になった人。この方は小学校の時の担任の先生ね。お元気かしら……あら」

 次の一枚を手にした時、微笑んだ母の表情が急に曇った。それは年賀状の中に混じった赤色の封筒で、ひときわ存在が浮いている。金色に箔押しされた薔薇が妖しく煌めいていた。

「それは誰から?」

 母に尋ねると、彼女は私の方を見ないまま悲しそうな、困ったような顔をして大事なものの引き出しに仕舞い込んだ。

「この人はね」

 仕舞いながら、母は呟く。

「大切なものはひとつではないと、教えてくれた人」

 振り返った母は、少女のように笑っていた。そんな母の様子に、この手紙の主は「初恋の人だろうか」と勘繰った私は、くすぐったくも淡い気持ちになる。私が笑ったのを見た母は、そそくさと買い物に出かけてしまった。恥ずかしかったのだろう。

 きっと、素敵な人なんだろうな……。

 心が温かくなっていた私の元へ、父が大きな足音を立てながらやってきた。そして、母が先ほど仕舞ったばかりの手紙を取り出すと、思い切り二つに引き裂いてしまう。

「ちょっと、お父さん! 何してるの」
「うるさい!」

 母の大事な思い出を守ろうと、私は必死に手紙へと腕を伸ばす。その行為も空しく、赤い手紙は花びらのように床へ散らばってしまった。母の悲しい顔を想像し、茫然として父を睨んだ。だが、父は予想以上の怖い顔で、床に散らばるそれを見ていた。粉々になったのを確認せずにはいられないと思うほどに。

「どうしてこんなこと……」

 驚いた私が恐る恐る尋ねると、父は低い声で理由を漏らした。

「いいか、次に同じような手紙が来たら破るか捨てろ。燃やしてもいい。俺に渡してもいい。この手紙は、昔の母さんの……」

 父がすべてを言い終える前に、買い物袋を忘れた母が慌てて帰ってきた。

戻る