リザリーとミサラは歳の近い姉妹だった。
リザリーが妹で、ミサラが姉。
リザリーは父親譲りの赤毛で活発な十六歳、ミサラは母親譲りの銀髪で人徳ある十八歳。
二人はどんな時も一緒だった。
父と母が病で亡くなってから、どんな時も二人で支え合った。
店が危機に瀕した時も。ミサラが街の富豪に目をつけられた時も。リザリーがならず者と殴り合いの喧嘩をした時も。
どんな時も、物語の最後には二人の笑顔があった。
「じゃあ、行ってきます。姉さん」
「……」
リザリーは困ったように笑顔を作った。いつもなら我儘を言うのは自分の方で、姉のミサラが窘めるはずなのに。今日はいつもと違っていた。ミサラは街の出口で黙ったまま、俯いている。
今日はリザリーの旅立ちの日。
一か月前、とうとうちっぽけなこの街に国からお触れがやってきた。
「この剣を鞘から抜けた者が、次の魔王を倒す勇者となるのだ」
本当によくある物語が、まさか自分に降りかかるだなんて思いもしないだろう。
自己主張の激しいリザリー。面白半分で手にかけた鞘が光り輝き、美しい剣を手にした時。振り返った先に居たミサラの顔は真っ青だった。
それから一週間もしない内に国の偉い人が街に来て、勇者の儀式とやらを行った。
あれよあれよという間にリザリーは勇者に仕立て上げられ、王国の中央に待つ仲間に会うために、初めて街を出ることになったのだ。
いつも一緒だった、姉を残して。
剣に選ばれたその日から、ミサラは口をきいてくれない。姉の思いをわからない自分ではない。リザリーだって、大好きな姉さんを街に残して死闘への旅に出るのは、苦しくて仕方なかった。
けれどこのまま。暗い雰囲気のまま、街を出たくない。
困り顔の妹は、漂う空気を払拭するかのように元気を振り絞った。せめて、姉の笑顔を見てから行きたい。
「姉さんは仕事に没頭すると周りが見えなくなるから、ちゃんとよく寝てよく食べて……無理しちゃだめだよっ。あと、向かいに住んでるランスロットには絶対絶対、近づいちゃだめ。あいつ、姉さんを昔から狙ってるんだから。それから、市場の皆にも姉さんの事、宜しくお願いしますって伝えてるから、何かあったら周りを頼るんだよ。一人になっちゃだめだかんね。それから」
「私を一人にするのは貴女でしょう、リザリー」
ミサラの、冷たくも寂しい声がリザリーを貫く。くっと胸を焼かれたようにひりひりと胸が痛んだ。
はっと我に返ったミサラの、震える唇に伝う涙が零れ落ちる。
「ごめん……ごめん、リザリー。違うのよ、私、こんな事を貴女に言いたくないの。言いたいわけじゃ、ないのに……っ」
「姉さん……」
「……っ。……さみしい……」
後ろで見守っていた街の皆が、ミサラの隣に立って肩を抱いた。両手で顔を覆いながら、ミサラは拭いきれない涙を堪えようとする。堪えれば堪えるほど、嗚咽は響き、悲しさがあふれだす。
そんな姉を見ていると、リザリーは姉と共に過ごした日々が脳裏に浮かび上がった。じわりとその瞳に熱い涙が浮かんでくる。
姉妹で店と店の間をくぐり抜けて、駆け巡った街。
ままごとから始めた店番。
想い人が被った初恋。
両親の葬式、二人で固く手を握りしめて涙を堪えたあの日。姉が言ってくれた言葉。
『これで私達は、二人だけの家族になった。けれど、寂しくなんかないわ。どんな時もこれからは、二人ずっと一緒なんだから……!』
「姉さん……」
気が付けばリザリーの頬にも涙が伝っていた。その涙を、無理やり振り払ったリザリーはミサラのもとにしゃがみ込む。そして引き離すように顔を覆う彼女の両手を握りしめて、言った。
「姉さん、大丈夫よ。私は絶対、帰って来るわ。魔王なんかやっつけて、私達のこの故郷へ帰って来る」
「……絶対の、絶対に?」
子供のように言うミサラに、思わずリザリーの笑みが零れる。
美しい姉の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「絶対の絶対の絶対に絶対よ! だって私達は、ずっと一緒の姉妹なんだから!」
リザリーはそう言って、眩しい笑顔を姉に放った。
ミサラは、それに釣られるように不器用に笑みを作る。まったく、仕方のない妹ね。そう、言うように。
「絶対の絶対の絶対に、絶対よ。リザリー」