君を好きだった僕へ

花冷えのする季節。残り幾ばくも無い、僕らの残された時間。
 卒業まであと少しという中で、僕はクラスメイトの花蓮を探していた。最後に一言、どうしても一言、伝えたい言葉があったんだ。

 誰もいなくなった教室の隅っこに、花蓮は教室の壁にもたれるようにしてしゃがみ込んでいた。疲れたのか、温かい日差しに照らされた彼女は小さな寝息を立てて眠っている。
 おとぎ話のお姫様みたいだ。春の光で金色の髪がきらめく様子に、僕は目を細めて花蓮の横顔を眺めた。

「花蓮」

 呼びかけたけど返事がない。
 一度眠ってしまうと、この子は起きない。授業中も、家に遊びに来た時も、部活でくたくたになって眠ったら起きないんだ。僕はいつも、そんな時間を利用して、花蓮の頬に口づけをしていた。卑怯だってわかっている。起きている時に一言「好きだ」と言えばそれでいいのに。僕は花蓮に嫌われるのが怖くて、言葉にする勇気が出なくて、自分が一番、可愛くて……。
 だから、彼女が眠っている間にそっと口づけをすることで、好きだといつも告げていた。

 花蓮、起きて。って。
 起きて、僕はここにいるよって。君を好きなやつがここにいるよって。そう、言うかのように。

 でも、そんなずるいやり取りは今日でおしまいだ。
 僕は卒業したら地元に残って、花蓮は東京の大学に進学する。幼馴染という細い糸にしがみついていたこの関係も、一緒に卒業しなければいけない。

 眠る美しい彼女の頬を、そっと指先で撫でた。

「ごめん」

 教室に僕の声だけが響く。揺れるカーテンから紙吹雪みたいに桜の花が舞い込んできた。

「ごめんな、花蓮。さよならだ」

 卒業おめでとう、花蓮を好きだった僕。
 卒業おめでとう。
 勇気の出なかった弱虫の僕。

即興小説トレーニングのお題
お題:刹那の償い 制限時間:15分

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