もくもくのくも

暖かな春の陽気。
 窓辺から差し込む光は、うつらうつらと船をこいでいた僕の体を包み込んだ。午後の授業中だというのに、どうしてもこの気持ち良さに抗えない。先生の言っている言葉が僕に届かなくなった時、いい天気のお空から、真っ白な雲がもっくもくと一かけら。生きているようにやってきた。

 こんなにいい天気なんだもの。どこか、お散歩に行こうよ。

 そう言うかのように、僕の体の下に潜り込んでふわっと持ち上げると、そのまま窓を潜り抜け、大空へと浮かび上がった。
 ぷーか、ぷか。
 僕の瞳は閉じたまま。僕の体を乗せた雲は、どんどん、空高く飛んでいく。


 いったい、どこまで飛んでいくつもりなのか。隣を飛んで行ったカラスがちらりと僕を横目に見ると、不思議そうに「かあ」と挨拶していく。カラスに寝ぼけて手を振って、しばらく行くと河川敷が見えてきた。薄いピンク色に伸びていく桜並木が、とっても綺麗だ。
 お母さんと、妹と、一緒に来てみたいなあ。

 やがて、一定の高さになった時。
 ごろごろ、ごろりと音が鳴り響いた。今まで温かかった空気が一変して、冷たくてしっとりした風がやってきた。太陽は隠れて薄暗くなっていき、何だかとっても心細くなっていく。もう帰ろうよ。僕が寝ぼけ眼で雲にそう伝えると、怒った雲はいきなり猛スピードで地上に降りていく。

 だめだ! このままじゃ、運動場の真ん中に落っこちてしまう。

 僕がしっかりと雲に掴まった時、ぽくんと頭を誰かに叩かれたような気がして、はっと目が覚めた。

「カイトくん」

 眉を目いっぱい上に吊り上げた先生が、涎を食った僕の顔を覗き込んで言った。

「もうそろそろ、起きてちょうだいね。いい夢を見てたみたいだけど」

 くすっと笑った先生や、他のみんなから顔をそむけるようにして、僕は首を引っ込めた。


即興小説トレーニングのお題
お題:僕と雲 制限時間:30分

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