たった十分間。休み時間という短い時間は、僕にとって苦痛以外の何物でもない。今年ももう六月だというのに、一向に話しかける相手も話しかけてくれる相手もいない。要するに「ぼっち」である僕には友達がいなかった。
授業と休み時間の境目、チャイムが鳴ると皆嬉しそうにそれぞれの友達の机に向かう。体育会系のグループの男子は体が大きくて少し怖い。何人か寄り合うととてもじゃないが恐ろしくて近づけない。先生にばれないように化粧をしてくるアイドルが好きなグループも少し怖い。ただ尋ねるだけの「は?」の一言が僕にとっては蛇に睨まれた蛙のように凍ってしまうほど。成績のいい人たちの集まりは、休み時間にさえ勉強をしている。頭のいい人同士で問題を出し合って楽しそうにしているのだ。僕からすれば正気を疑う。オタクの集まりは……あれはあれで何だか近寄りがたい。
腕を組んで机に突っ伏しているふりをしながら、腕の隙間から教室の様子を覗く。まるで地球を覗く神様のようにでもなった気分で。あいつは今日、体操服を忘れたとか。あの子は今日、髪型を変えて来て誰かに褒めてもらったりとか、くだらないことがわかってくる。
僕には昔から居場所がなかったように思う。昔だなんていって、十年と少しくらいしか生きていないクソガキの昔なんて大したことはないと大人は思うかもしれない。けれどその十年ぽっちが僕にはとても重要で濃密な時間だった。その間、どこにも、誰かの中にも「ここにいていい」と思えるところに心当たりがなかった。心を預けようとすると鬱陶しそうに顔をしかめられ、深入りしないように心がければ冷たいと言われる。
他人との程よい距離なんて、どうすれば掴めるのか未だにわからない。
小さなため息を腕の中に放った。このポーズは本当に優秀だと思う。
優秀で、便利で、他人を寄せ付けないくだらない要塞だ。
「吾妻くん」
人と話をしない時間が多すぎると、どうやら人間は自分が呼ばれたことに気づくのが遅くなるらしい。僕はもう一度自分の名前を呼ばれて、驚いてその要塞を解いた。顔を上げた先に居たのはクラスメイトの委員長、飯尾葉子さんだった。
飯尾葉子という女の子はちょっと釣り目がちな目をした、髪がまっすぐな女の子だ。背が高い事もあるのだろう、彼女が歩くとボブヘアーが左右に楽しそうに揺れる。頭がいいのに上から目線で物を言わない子だなと思っていた。見てただけだけど。
「ごめんね、寝てるところに。あのね、先生がプリント回収するから順番に回ってて……」
「あ、ああ……」
僕は机の中から透明のフォルダを取り出して、課題で出ていたプリントを飯尾さんに差し出した。
「ありがとう」
「いや……」
十年と少し生きてきたくせに、人間として言葉もろくに返せないのか。なんだかがっくりときてしまった僕をよそに、飯尾さんはにっこりと僕に笑いかけた。
どうしたというのだろうか。プリントを回収できたはずなのに、彼女はまだ僕の前から動こうとしない。僕が不審に思って目線を合わせ、
「な……なに?」
と尋ねると、飯尾さんは軽く首を振ってこう言った。
「ううん。そういえば、初めて吾妻くんと話せたなって思って、なんか嬉しくて」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。僕は顔を真っ赤にしながら、金魚のように口をぱくぱくとさせていた。くだらない拒絶の壁は、今一瞬にしてこの女の子に崩壊させられてしまった。