双子の異世界ハンドメイド〜スプリングイエロー〜

「ありがとうございました!」

 木造の家が立ち並ぶ、メルヘンな街並みの一角。
 黄色い壁面に焦げ茶色の屋根、黒い看板に「流(ながれ)」と書かれた店から、少年少女の明るい声が聞こえてきた。質素な麻の服に丈夫そうなエプロンを着た、顔がそっくりな二人。名前は男の子が琥珀、女の子が真珠といった。
 琥珀は明るく活発な男の子で、物を運んだり注文を取ったりと忙しなく動いている。真珠は大人しそうだが優しい物言いの女の子で、客が探し物をしていることによく気づく気の利く子だ。二人は顔はそっくりなのに、性格は真反対の双子の兄妹だった。

「フローライトさん、次は何を手伝ったらいいですか?」

 琥珀は傍にいた細身の男性へと駆け寄って笑顔で話しかける。その表情に、フローライトと呼ばれた青年は優しくはにかんで古そうな眼鏡をかけ直し答えた。

「午前中のだいたいの仕事は終わったから、君たちも休んでいいよ」
「ええ? でも……」
「いいからいいから」

 そう言って店の奥に指を差す。昼食は彼のお手製サンドイッチ。具材は少ないがスープもあると告げられると、味を思い出した二人はごくりと喉を鳴らした。フローライトの作る料理は庶民的で質素ながらも、素朴で美味しいのだ。

「じゃあ、私たちが食べ終わったら交代ですからね。絶対ですよ?」

 真珠はゆったりしつつもやや強い口調で言う。大人しい彼女がそうでも言わなければ、フローライトはいつまでも働いてしまうのだ。さすがの彼も苦笑しながら「わかったよ」と、奥へ消える二人に手を振った。

 雑貨屋「流」があるこの国の名前は「ジュエリア」。宝石のようにきらびやかとは呼べないが、工芸で成り立つ職人の町である。
 琥珀と真珠は元はこの国の住人ではない。なんなら、この世界の住人でもない。二人は違う世界からやってきた、異世界の人間だった。こちらに来て右も左もわからない頃にフローライトに助けられ、以来、彼が経営する雑貨屋の手伝いをしながら住み込みで暮らしている。

 琥珀はフローライトの家に戻ると、テーブルに置かれたバスケットを開く。中には葉野菜とハムが挟んだサンド、バターがたっぷり塗られた玉子サンドがぎっしり挟まれている。台所の窯には、まだ温かいスープ鍋があった。真珠が鍋を覗き込み、すんと香りを嗅ぐと、肺の中がいい匂いで満たされる。二人はいそいそと木製の器にスープを注ぎ、パンを両手に持って、

「いっただっきまーす!」

 がぶりと頬張った。濃厚な湯で卵のスライスと、新鮮な葉野菜がおいしい。真珠の頬がほんのり赤く染まった。
 雑貨屋「流」での二人の仕事は簡単なものだった。最初は二人とも異世界の文字が読めなかったが、フローライトから教わって簡単な言葉なら話せるようになっていた。いつか助けられた恩返しをしたいと思いながら、琥珀も真珠もフローライトを手伝いながら家族のように一緒に暮らしていた。

 琥珀はごくんとパンを飲み込んで、壁に掛けられた時計を見遣る。この世界の時計の読み方は少し変わっていて、短い針のことを月と呼び、長い針の方を星と呼ぶ。時計の見方も時間の感覚も元の世界と同じなので、慣れるまでそう難しくはなかった。
 時間は、半星刻(三十分)を過ぎていた。

「よし、そろそろ店に戻ろうぜ、真珠。フローライトさんにも休んでもらわないと」
「ん……待って、まだ口の中に残ってる」

 膨らんだ頬をもごもごとさせながら、真珠は慌ててスープでかき流した。
 フローライトの家と雑貨屋「流」は中通路によって繋がっている。真珠が食べ終えるのを見届けた琥珀が、笑って妹の頬に着いたケチャップをぬぐう。二人は笑い合うと、転がるように中通路を走り抜けて店内に戻った。琥珀と真珠が店に戻る頃には、珍しい客の顔があった。

「サルファーさん!」
「おう、お前らも久しぶりだな!」

 体格のいい風貌の、サルファーと呼ばれた男が片手を上げる。琥珀と真珠は群がるように彼に駆け寄った。

「前の冒険から帰って来てたの!?」
「まあな。また二週間後には新しい依頼に行くんだが、その準備でここに買い物に来たんだよ」

 サルファーは高ランクの腕のいい冒険者で、小さなこの町ではそこそこの有名人だ。彼はフローライトと幼馴染みで長い付き合いらしく、冒険者になってからもこの「流」で買い物をしてくれる。大体いつもは薬草や干し肉を買っていくが、今日のサルファーの手には、何枚かの麻袋やロープが握られていた。屈託なく笑う親切な彼は、子供の琥珀や真珠のことも丁寧に扱う。そんなサルファーのことが二人とも好きだった。

「二人とも、もう休憩はいいのかい?」

 フローライトが双子の後ろから、カウンター越しに声をかけた。休憩から戻るにはまだ早すぎるのではないか。そう心配してくれたのだろう。琥珀はくるっと振り返り、

「大丈夫ですよ! フローライトさんこそ、僕たちの休憩が終わったんですから、早く休んでください!」
「そうです! 労働基準法に反してますよ!」
「え、ろう、え?」

 わいわいと騒ぐ琥珀と真珠に、フローライトは慌てながらも笑うのだった。

「堅物のお前も、琥珀と真珠にかかりゃ形無しだなぁ。おら、二人の言う事聞いておけよ? じゃねえと俺らも若くはねぇんだからな、すぐ寝込んじまうぜ」

 サルファーが双子と一緒になって野次を飛ばせば「わかったよ」と困ったように素直に言った。そのやり取りから、双子からもサルファーとフローライトが気心の知れた友人なのだという事がわかる。

「それで」

 店主は、やってきたばかりのサルファーに向かって尋ねた。

「他に買いたいものがあるんじゃないのか?」
「いやぁ……」

 サルファーは持っていた麻袋とロープをフローライトに渡すと、頬を掻きながら目線を逸らす。よほど言いにくい事なのか、逞しい体つきの男は言葉を濁している。二、三度頭を掻いた後、意を決したように顔を赤らめて言った。

「……実は、だなぁ。もうすぐ女房が子供を産むだろう? 俺も一緒に居てやりたいが、次の依頼でしばらく家を空けることになりそうなんだ。それで……その」
「最後まで言わなくても想像がつくよ。君は何か贈り物をしたいんだな」
「さすがフロー! わかってるじゃないか」

 サルファーの顔がぱっと明るくなる。精悍な冒険者も、愛する妻のこととなれば途端に弱くなってしまうものか。琥珀と真珠は顔を見合わせてにっこりと笑い合う。二人は邪魔だけはしないように、フローライトとサルファーの話を聞き入った。

「とはいえ、今更……ほら、お前ならわかってくれるだろ。俺みたいなのが女房にプレゼントだなんて、どんなもんあげれば喜ぶのか頭が回らねえよ」
「奥さんの好きなものとか、覚えていないのか?」

 好きなものねえ、と頭を傾げてサルファーは腕を組んだ。思いつくのは、まだ若い頃。付き合っていた時に思い切って花束を渡したとき、とても喜んでくれた彼女の顔を思い出したようだ。けれど花束も花瓶に生けて、長くてせいぜい三日。一か月も家を空けるとなると、その間に自分が居なくても不安にさせないようなお守りのようなものを渡したい。サルファーはそう語った。
 琥珀は彼の話を聞きながら、意を決したように頷くと真珠に耳打ちをした。

「真珠、今の話聞いたか? サルファーのおじさんが奥さんに贈るプレゼント、俺たちで用意してあげようぜ!」
「えぇっ」

 真珠は兄の突拍子もない発言に、驚いて大きな声を上げた。……が、寸でのところで琥珀の両手に塞がれる。ぷは、と息を吐いたところで、真珠は琥珀に恐る恐る尋ねた。

「用意するって、いったい何を渡すつもりなの、お兄ちゃん……」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました」

 人差し指をびしっと空に突き立てて、琥珀はこれだと胸を張る。

「”ハンドメイド”で何か作るんだよ」

 ハンドメイド?
 思わず聞き返した。琥珀と真珠の父と母は、工芸に携わる人間だったので、その意味はよく知っている。父親は布生地やビーズなど、裁縫や手芸用品を扱う店を経営していた。母親はその店で、二人の祖母と一緒に週一回、「裁縫教室」や「レジン教室」などを開催していたのを覚えている。その隅っこで、二人もハンドメイドの真似事をさせてもらっていた。簡単なアクセサリーや小物なら、琥珀も真珠も作ることができる。琥珀はそこで学んだ方法で、サルファーの役に立とうと言っているのだ。

「俺たちがこれだ!って物を作って、サルファーさんが喜んでくれれば……フローライトさんだって絶対喜んでくれると思うんだ!」

 彼の役に立つということは、しいてはフローライトの役に立つということ。真珠はその意図に気づいてはっと顔を上げた。

「それに、純粋にサルファーさんに、誰かの役に立ちたいじゃん。子供の俺たちにだって、やれることはあるはずなんだ。俺一人だったらちょっと不安だけど……真珠と一緒ならできそうな気がする。なあ、やってみようぜ!」

 琥珀のまっすぐな瞳に、真珠は輝きが伝染したかのように目をきらきらとさせた。握った拳に力が籠る。

「……っ。私も、私もお兄ちゃんとなら、何かできそうな気がするし、私もサルファーさんを喜ばせてあげたい!」
「よっしゃ、決まりだ! サルファーさん、フローライトさん!」

 にかっと笑った琥珀は、真珠と一緒に大人たちの方へと向き直る。何事かと目を見開いたサルファーとフローライトは、少年と少女の目線に合わせるべく背中を曲げた。

「どうした?」
「あのさ! 俺たちにサルファーさんの奥さんへの贈り物、作らせて欲しいんだ!」
「琥珀と真珠に……?」

 彼らは顔を見合わせて不思議そうな顔をした。琥珀は、子供だけで何が作れるんだろうと二人が言わないということはわかっていても、思われたくなかった。逸る気持ちを無理やり押さえつけながら、慌てて口と手を忙しく動かす。

「俺たち、ここに来るまで父さんと母さんの手伝いをしてたんだ。物を作る仕事だよ。細かい作業もできるし、工具を使ったりもしてた!」
「だから、私たちにできることで、お手伝いしたくって……。何か作って、サルファーさんの奥さんとサルファーさんに喜んでもらいたいの。フローライトさんに迷惑はかけないから……二人でやってみたいの。お願い、作ってもいい?」
「……二人とも……」

 琥珀に負けず、おとなしい真珠も小さな声で気持ちを伝えようと急く。唇を一文字に結び、真っすぐに見上げてくる琥珀と真珠に二人は胸を打たれた。やがてフローライトが視線をちらりとサルファーに移すと、彼の口角が上がった。

「……いいのか?」

 フローライトが口にすると、サルファーは嬉しそうに頷いた。

「いいも何もないだろう。こんだけ何かしたいって言ってくれてんだぜ。俺の女房と俺のためによ」

 サルファーは琥珀と真珠に同じ視線を送り直し、満面の笑みで彼らに応えた。

「いいぜ! 二人とも。こちらこそ宜しく頼むな」
「やった!! ありがとうございます、サルファーさん!」

 兄妹は、二人で顔を見合わせてはしゃいだ。サルファーが引き取りに来るのはちょうど二週間後の午前中。それまでに彼は冒険の準備を終わらせる。プレゼントを琥珀と真珠から受け取った後、サルファーの奥さんに贈り物をして旅立つ予定となった。贈り物に関しては「お前らに任せる」とサルファーは完全に一任してくれた。何ができても文句は言わないと言い切ったあたり、彼の心意気を格好いいと感じるし、のびのびと制作させてもらえると思うと二人にはありがたい。

 そういえば、と琥珀は店を出るサルファーに声をかける。プレゼントはお任せすると言われたものの、琥珀は喜んでもらえる贈り物のヒントが欲しいと感じた。サルファーが以前に送った花束の中にそのヒントがある気がして、琥珀はその時の花束の色を聞いてみる。

「そうだなぁ、確か……黄色だった気がする」
「……なるほど」

 琥珀も真珠も、フローライトも。腕組みをして思い出すサルファーの頭を見上げた。彼の髪色は、鮮やかな黄色だったからだ。この国では、自分の体の一部の色を、プレゼントにして送る風習がある。

「なんだ、俺はまだハゲてねぇぞ?」

 ……サルファーは、そのことを知らなかったようだが。


 早朝、眠い目を擦りながら琥珀はフローライトと共に家を出た。琥珀は贈り物の材料を集めるために、フローライトは店の薬草を調達するために、二人で山へと向かうことになったのだ。春とはいえ、朝の空気はどことなく琥珀の頬をひんやりと撫でる。薄いマフラーをしっかりと首に巻き付けて、真珠は兄とフローライトを見送った。

「フローライトさん、お兄ちゃんをよろしくお願いいたします」
「そんな保護者みたいに言わなくても、大丈夫だってば!」

 頭を下げる様子に、琥珀は唇を尖らせた。しっかり者の真珠の、こういうところに琥珀は時々げんなりしてしまう。俺のほうが兄なのに、と。
 水色の淡い髪をひとつにくくり直した彼は、柔らかく微笑むと真珠の頭を撫でた。

「大丈夫だよ、真珠ちゃん。琥珀君はしっかりしているし、危ないところには今日は行かないからね。じゃ、行ってきます」

 ジュエリアは海と山の間に建国された国だ。鉱山や洞窟が近いために冒険者や職人が増え、また外交は港から行うために自然と鎖国的な国にはならない。山と海の幸が豊富で食も困らないために、過ごしやすい国だと言われている。
 留守番の真珠に手を振り街の門を抜ける。このまま真っすぐ道を行けば隣国へ。右の道に向かえば海が見えてくる。二人は低い山へと向かう左の道を進んでいく。

 歩を進めていくと平地から山道へと変わっていき、ふと開けた場所に出た。薬草やきのこ類が取れる、街の人たちとの共有採取場である。ここでは危険性のある魔獣や動物は出てこないので安全性は高い。その代わり、決められた量以上の採取はしてはいけない決まりになっていた。

「僕は薬草を採っているから、あまり遠くまで行っちゃいけないよ。洞窟の中にも入ってはだめ。入口付近なら贈り物に使えそうな鉱物も採れるかもしれない。葉っぱも触るだけで手が被れるものもあるし、きのこ類も胞子を吸い込むと危険なものもあるから、触る前に僕に声をかけてね」
「わかりました!」

 琥珀は早速、洞窟付近まで近寄って周辺を調べた。大きな入口の周りには、色とりどりの鉱物が壁に張り付いている。フローライトから借りた短いつるはしを使って、サルファーの髪色に近い石を採取していく。ついでに、真珠が好きな白い石や、フローライトの髪色と似た水色の石も採った。時々洞窟の奥に目を遣ったが、かすかに生き物の鳴き声や、風の通る音が壁に響いて不気味に聞こえる。これ以上進むのは、十一歳の自分には危険だろう。琥珀はぶるっと身震いすると引き返した。

 今回、ハンドメイドのデザインは真珠が、材料の調達は琥珀が行い一緒に作る。それはこの世界に来る前から同じ。真珠が考え、琥珀が必要な材料を用意していた。
 サルファーの奥さんへの贈り物を何にするか。
 二人で話し合った結果、イヤリングにしようということになった。イメージカラーはもちろん、黄色。接合に使う鉄くずは他の職人工房から分けてもらうことになり、メインになる黄色い部分は鉱物にしようということになった。工具はフローライトに借りる。今頃、真珠がフローライトの店でデザインを考えていることだろう。
 琥珀は立ち上がって砂を払った。

「こんなもんだろ……うん?」

 採取した石を鞄の中に仕舞い込んだ時、洞窟の足元にきらりと光るものが目に入り、手を伸ばして拾い上げる。

「何だこれ?」

 薄暗い洞窟付近では良く見えない。
 太陽の光に透かして見ると、七色に輝く、透明な鱗のように思えた。

「うわーっ、めっちゃきれー……」

 大きさは五センチほど。光に透かして左右に動かしてみると、美しくキラキラと反射する。素材は何でできているのかはわからない。しかし、偶然虹に出会った瞬間のように、美しいものに出会って琥珀は心が躍るようだった。
 何かに使えるかもしれない。少年は高揚を抑えきれず、鞄の中に仕舞い込んだ。帰ったら真っ先に真珠に見せよう、そう思った。よく見ると、洞窟の入口付近にもうひとつ同じ鱗が落ちている。目線を辿れば、まるで誘うように森の奥に向かって鱗が落ちていっている。

「こっちにもある……あ、あっちにも!」

 追いかけるように落ちている鱗を拾い上げる。段々とフローライトがいる場所から離れていることにも気づかず、琥珀は最後の鱗を拾うと同時に顔を上げた。そこには、

「……っ、わああ……!」

 一面に広がる、黄色い花畑が広がっていた。
 座り込んで風に揺れる花の先をしげしげと眺めると何かに似ていると感じる。タンポポとは違う。スズランみたいに、小さく丸い花が幾重にも連なって咲いていて、まるで黄色い雪の花。そう感じて、思い出した。

「そうだ、ミモザに似てるんだ」

 空いっぱいに手を伸ばすアカシアの花に似ているのだと、琥珀は思った。簡素な祖母の家にひとつだけ、大きなフサアカシアの木が植えてあったことを思い出す。優しくふわふわとしていて鮮やかに咲くミモザを、両親がとても気に入っていたのだ。
 群生している黄色い花たちを見て、琥珀は複雑な気持ちになる。

 父さんはどうしているだろう。おばあちゃんは、心配しているかもしれない。自分だけでなく、妹の真珠と一緒に居なくなってしまったのだ。母さんは、泣いているかもしれない。
 さみしい。
 そう思うと、胸がぎゅっと痛くなる。鼻の奥がつんとしたのを誤魔化すように、琥珀は腕で涙をぬぐった。いくら寂しくとも今は帰る方法もない。最初にフローライトの家で過ごしている間は真珠がよく泣いていた。今はフローライトの世話になりながら、兄である自分が真珠を守っていくしかないだろう。
 今、自分ができること。今、自分がやらなければいけないこと。それは、サルファーの奥さんへの贈り物を、真珠と一緒に作って喜んでもらうことだ。
 指先でそっと花に触れてみると、柔らかな花弁がふわりと琥珀の指をくすぐった。この花も持ち帰ろう。琥珀は傷ついている自分の心を触るように、根元を傷めないようにしながら摘んでいく。
 花が大分集まったところで、近くからフローライトが琥珀を呼ぶ声が聞こえてきた。

「おーい、琥珀くん。も〜う、探したよ。遠くまで行かないでねって言ったじゃないか」
「あ」

 若干、息を切らせながらやってきた彼の様子に、心配して探させてしまったのだなとようやく気づく。琥珀は慌てて彼に駆け寄り頭を下げた。

「ごめんなさい、フローライトさん! 綺麗な花畑を見つけたから、つい……!」

 花に向かって指を差す。息を整えていたフローライトも、目を見開いて感嘆の声を漏らした。

「へえ……! プライマリーの花じゃないか。こんなに沢山咲いているところ、見たことないよ」
「プライマリー? この黄色い花、プライマリーって言うんですか?」

 フローライトが笑って頷いた。

「ああ。願いの花と言ってね。春になるとこの花を祭壇に飾ってお祝いするんだ。誰かのことを大切に思ったり、願い事を祈る時に使ったりする、馴染みの深い花だよ。まだ肌寒いから、咲いていないと思っていたけど……そうか、もう春なんだなあ」

 ふわりと天を仰ぎながら微笑むフローライトを見て、その視線の先を見遣る。黄色いプライマリーの花々が、まだ肌寒い風に揺られて笑った。ふわふわと揺れるプライマリーの花は、琥珀の心を少しずつ溶かすようだった。
 そうだ。ずっと寒い冬が続くわけじゃない。琥珀は手元の花束を守るように抱え込む。
 季節が必ず冬から春へと巡るように、自分も真珠もきっと、元の世界へと帰れると信じたい。今はまだその糸口が見つからなくても、父や母、祖母がいるあの家に、いつか妹と一緒に帰れますように。
 プライマリーの花束に、ありったけの気持ちを込めた。祈るように願い事をする琥珀の気持ちを、フローライトは感じ取ったのだろう。そっと琥珀の隣に立って、彼の肩に手を置いた。手の温かさに気づいた琥珀は、あまり上手くない笑顔でフローライトを見上げる。
 大丈夫だよ。そう言うように、青年の優しい笑顔がそこにあった。


 日が暮れる前に帰ろう。と言うフローライトの言葉に頷いて、琥珀は雑貨屋「流」へと帰ってきた。真珠にも見せてやりたいと摘んだプライマリーの花束は、その手にしっかりと握られている。

「おかえりなさい! ……わ、そのお花、きれーい!」

 玄関先から顔を覗かせた真珠が、兄の持つプライマリーの花を見て感嘆の声を漏らした。

「だろー? イヤリングを作るついでにこれで何か作れないかなーって思ってさ。花畑も綺麗だったんだぜ!」
「いいなあ、私も見たかった。フローライトさん、今度、私も一緒に連れて行ってください!」

 跳ねながら店に戻る、はしゃぐ真珠の表情にフローライトが軽快に笑った。薬づくりに必要な薬草や蜜蝋が入った大きな荷物を床に置いて、いいよと短く頷く。その答えに少女は一層嬉しそうに笑った。

「あ、そういえば……出かけている間にお客さんか誰か来なかったかな?」

 フローライトは鞄からひとつひとつ薬草を取り出して、傷がついていないか使えるものだったかを確認していく。それらを藤のかごに種類別に分けながら真珠に尋ねた。
 お客さん……と呟いて、首を傾げた真珠は口元に手を当てて「そういえば」と顔を上げる。

「サルファーさんのお嫁さんが少し前に来ていましたよ。サルファーさんが来ていないかって」
「え、奥さんが?」
「サルファーさんの奥さんって妊婦さんだろ? 動くのも大変だろうに何でお店に……買い物ついでとか?」

 真珠は困ったように首を振る。

「ううん。それがね、サルファーさんがいないってわかったら何も買わずにお店から出て行っちゃって……欲しい物があったわけじゃなかったみたい。何かあったのかな……?」

 うーん。三人は腕を組み、首を傾げてサルファーの奥さんが来た理由を考えた。しかし思いつく考えに至らず、サルファーか本人が来た時にでも詳しく聞いてみよう。という事で意見が一致した。とにかく、今は彼女に贈るためのイヤリングを作り上げることが先決だ。

「それより真珠! どんなデザインにするか、もう考えたのか?」

 真珠は兄が持ち帰った鉱石や花束を机に置いて、考え込むようにじっと見つめている。琥珀がせっかく持ち帰ってきた材料だ。すべて無駄にしたくはない。黄色いプライマリーの花を見つめていると、その色が昨日やってきたサルファーの髪の色と同じ色だということに気づいて、真珠はそうだ!と珍しく大きな声を上げた。

「このお花を使って、ドライフラワーのイヤリングを作るのはどうかな!」
「ドライフラワー?」

 荷物の確認を終えたフローライトが尋ねる。ドライフラワーとは、ハンギング法やシリカゲルなどで乾燥させ、装飾に使う花や果実の事をいう。この国では花を枯らしてまで楽しむ習慣はないらしく、フローライトに説明をすると、食事や薬以外の用途に植物を乾燥させることに少々驚いていた。
 水分の多い花は乾燥までに時間がかかったり、色が悪くなる。逆に小さすぎる花は縮んで目立たなくなったりすることが多い。その点では、プライマリーの花はドライフラワーにするにはちょうどいい大きさの花だと真珠は言う。
 乾燥させた葉や花は半年から一年は楽しむことができるため、イヤリング以外のプライマリーは花束にして渡そう!ということになった。

「お花だけじゃなくて、お兄ちゃんが持って帰ってくれた黄色い石も使おう!」
「いいじゃん! 俺も一緒に作るの手伝うからな!」

 顔を見合わせて笑う双子にフローライトもくすっと笑うと、

「楽しそうだね。でもとりあえず、製作は明日からにするとして今日は夕飯にしないかい?」

 と、最高の提案を持ちかけた。琥珀と真珠が息の合った返事を元気よくしている姿を、じっと扉の向こうから見ている人間がいることに、その場の誰も気づかなかった。


 翌日から、琥珀と真珠はドライフラワーのイヤリング製作に取り掛かった。さっそく製作に移りたいところだが、まずはどんなデザインにするか、真珠は琥珀に書きためたデザイン案を見せる。さすがは俺の妹!と自慢げに言う調子のいい琥珀に、真珠は眉尻を下げて笑った。
 デザインの中で琥珀が気に入ったのは、小さな花束の見た目をしたもの。プライマリーの花二、三本をひとつにして無地の布で巻き、花束が逆さになったようなデザインだ。着けると花束が揺れるように見える様子が可愛らしい。さらに大振りの黄色い鉱石を上部に持ってくれば、鏡に映った時、奥さんはサルファーさんの事を思い出してくれるに違いなかった。
 ゆらゆら揺れるプライマリーの花束を想像し、琥珀は率直な意見を繰り出した。

「いいんじゃねぇ? 俺はかわいいと思う!」
「ドライフラワーは乾燥するのに一週間以上かかるけど、その間に石を削ったり他のパーツを組み合わせたり、プレゼント用の包装も考えてたら時間も有効に使えるよね。それでもサルファーさんが出発するまでに十分間に合うと思うし」
「よっしゃ! じゃあ、俺は工房に鉱石を持って行って削ってもらえるように頼んで来る。真珠は包装の方を任せるわ」
「うん、わかった!」

 じゃあ、行くぞ。と琥珀が息を吸う。「よーい、どん!」と掛け声を合わせた双子の息はぴったりに行動を開始した。二人は午前中は忙しいフローライトの手伝いをし、客が引く午後からイヤリングの制作にあたる準備に店を出る。真珠は近所の生地や反物を扱う店へ買い物に行き、琥珀は頑固おやじのいる鍛冶屋の工房へと出向いていった。

 反物屋では、店員も客層も若い衆がいないためか真珠は大層可愛がられている。年配の女性たちにもみくちゃにされながらも店長へ割引きの援護をして頂き、ホリゾンブルーやラベンダー色の生地を低価格で手に入れることができた。おまけに包装用の黄色いリボンもつけてもらい、真珠は照れくさそうにありがとうございますとはにかんだ。

 いっぽう琥珀は、初見は立ち寄り禁止の頑固おやじの工房へ顔を出していた。この世界に来てフローライトの手伝いをし始めた頃、つてで立ち寄った際。「目利きがいい」事をおやじに指摘されて以来、何かと気に入られている。もちろん多忙な工房の邪魔をしておやじ達の機嫌を損ねてはならない。タイミングを見計らって「こういうものを作りたい」と考えている事をわかりやすく伝えると、おやじは仕方ねえなあといいつつも歯を剥き出しにして琥珀の頭を撫でる。了承を得ることに成功した琥珀は、はつらつと感謝を伝えるのだった。

 この街は電気がない分、灯が消えるのも早い。
 そのため二人は夜に製作はせず、フローライトの翌日のための手伝いを終えると今日の成果を報告し合った。

「お店のおばちゃん達のおかげで、サルファーさんからもらった材料費もそんなに使わずにすんだよ」
「俺も工房のおっちゃんに頼めた。おっちゃんの腕は確かだからな〜、楽しみだぜ。できあがりは今週末だってさ」
「今週末か……」

 真珠は振り返って、ハンギングで吊るしたプライマリーの花を見上げた。逆さに吊られた花が乾燥しきるまであと少し。

「今週、午後の仕事の手伝いが終わったら二人でおっちゃんとこに受け取りに行こうぜ!」
「えっ、私も行って大丈夫かな……おじさんたち、怒ったりしない?」

 真珠が強面の親方たちを想像し震えた様子を見せると、琥珀は肩をすくめて吹き飛ばすように言った。

「全然! あそこは男ばっかでむさ苦しいんだよな。おっちゃんの子供も息子さんだけだし。真珠が行ったらおっちゃん達も目じり下げて喜ぶんじゃない?」

 そうかなぁ……と不安げに言う妹に大丈夫だと伝え、琥珀は気合いを入れるように真珠に目線を合わせる。

「週末を乗り越えれば「流」も休みだ。材料もそろうし一気に仕上げるぜ、真珠!」
「うん。あと少し……頑張ろうね、お兄ちゃん」

 気合いを入れたのもつかの間、週末まではあっという間に時間が過ぎていった。どうも近くの森で魔物の集団が出たらしく、退治するため道具を買いに来る冒険者や、薬を買いに来る人が連日のようにやってきたのだ。おかげでフローライトの店も大繁盛。魔物出現は物騒だが、ありがたいことにしばらくは目の回るような日々が続いた。フローライトはもちろん琥珀も真珠も手伝いに忙しく、気が付けば受取りの日となっていた。

「ほらよ、これでいいか?」
「うん、ありがとうおっちゃん! めっちゃきれい!」
「ありがとうございます!」
「サルファーの嫁さんに作ってるんだって? 頑張りな」

 うん!と頷いた双子の様子に、頑固おやじの頬も緩む。
 店に戻ってからの双子は猛スピードで机の上を片付けると、材料を全て広げて数え上げる。作業中にその都度材料を取り出そうとすると、どこに置いたかわからなくなったり進行がもたつくからだ。

 琥珀がすべて確認できたことを告げると、真珠はデザインを広げ、丁寧にホリゾンブルーとラベンダーの布を五センチほどに切り上げる。布を切る時に注意しなければいけないのは、切った部分が汚く見えないようにすること。何枚かを重ね縫い、プライマリーの花を包む花束の部分を作り上げた。

 琥珀はプライマリーの花がきれいに乾燥しきっている事を確認し、状態のいいものを何本か取り出しておく。残りは手渡しの時に使う本物のドライフラワーの花束用。真珠が自分で塗った布の大きさに合うように合わせている間に、琥珀は繋ぎの部分になる鉄のパーツを取り出した。そして工房のおやじに手伝ってもらった黄色い鉱石も揃えると、デザインの通りに慎重に接着をしていく。
 真珠は細身の黄色いリボンを取り出すと、花束部分に蝶結びで飾り付ける。
 サルファーさんが安心して依頼に出かけられますように。サルファーさんの奥さんが、イヤリングを見た時に喜んでくれますように。次に来る命を二人で迎えられますように。離れ離れの間、二人がお互いを思い出せるような、そんな素敵な贈り物になりますように。真珠と琥珀の、ありったけの願いを込めた。
 最後に、真珠が花束部分とパーツを繋ぎ合わせて――

「願いを込めて――。”プライマリーの花束イヤリング”、かんっせーい!!」
「やったぁ!――あれ?」

 二人は手を高く上げてハイタッチをして喜んだ。その瞬間、イヤリングがほんのり光ったように感じて、琥珀は瞬きし目を擦った。

「なあ。今、イヤリングが光らなかったか?」
「ええ……?」

 真珠は不思議そうな顔をして、できあがったばかりのイヤリングを窓の陽に透かしてみる。イヤリングに留まる鉱石は、光を受けてきらきらと輝くだけだ。

「どこもおかしいところはないけれど……お兄ちゃんの見間違いじゃない?」
「おっかしいなぁ。確かに虹色に光ったように見えたんだけどなぁ……」

 首を傾げる兄に真珠も首を傾げる。しかし「作品は包装してまでが作品」という母の言葉を思い出し、琥珀はドライフラワーの花束を器用に包み込み、真珠はイヤリングを台紙に取り付けて布袋にしまい込んだ。これで、いつサルファーがやってきても渡すことができる。

「あとは、いつサルファーさんが来るかだけど……依頼の準備で忙しいのかな、最近お店にも来ないよね」
「どうせならフローライトさんに住所聞いてさ、二人で持っていくか!?」

 真珠がぱあっと表情を輝かせた時、扉を壊す勢いで店にフローライトさんが入ってきた。

「――琥珀くん! 真珠ちゃん! 大変だ!」
「どうしたんですか!?」

 いつも冷静で穏やかなフローライトが、こんなに取り乱すのも珍しい。ただならぬ気配に、双子にも緊張が走った。

「ああ、もう……! どうしてこんなことに……いや、何だか嫌な予感はしてたんだ。あの夫婦の事だから……っ。とにかく、大変なんだ。二人とも、サルファーのお嫁さんに渡すプレゼントはできてるかい!?」
「は、はい。今できたところですけど……」
「それを持って、今すぐついてきてくれ!」

 琥珀はドライフラワーの花束を持ち、真珠はイヤリングの入った布袋をしっかり持つと、足早にフローライトの後をついていく。「流」の店は商店街通りになっていて、材料を集めるために行った反物屋もこの通りにあった。商店街通りをまっすぐに突き抜け、中央にあるにぎやかな噴水広場も通り過ぎる。こんな天気のいいのに、どうしたんだろうね。などと聞こえるかのように、休みの日に慌ただしいフローライトと双子たちを不思議そうに見ている人々に構うことなく。フローライトは長屋が並ぶ通りへと向かっていた。
 その蜜柑色の屋根が並ぶ一角、何やら人だかりができている。ひとつの家から、空を突き抜けるような怒声が聞こえた。

「いったい、どこの馬の骨にたぶらかされたのか言ってごらん、サルファー!!」
「コーラル誤解だっ! 頼むから一旦落ち着いてくれっっっ!!!」
「この怒りが収まるってんなら収めてみろってんだこの甲斐性なしッ!! どうせそこらの若い女に甘い言葉ですり寄られて、鼻の下伸ばして一発ヤってきたんだろうがっ! え?」
「ちっ、違うって言ってんだろも〜う! 何でこんなに信用ないんだ俺は!本当にかわいげのないやつ……いやいや嘘嘘、嘘です! うそーっ。待て待て待て待て言葉の文だってぇ……あっ、フローライト! 助けてくれーっ!」

 名前を呼ばれたフローライトは、手で顔を覆い、親友の様子に大きく項垂れた。琥珀と真珠は普段と大きくかけ離れたサルファーに口をぽかんと開けて見ている。
 三人の目の前には、いつもの格好いいサルファーではなく……しりもちをついた情けない男の姿があった。サルファーの前には出産目前のサルファーの妻・コーラルが、憤怒の形相で包丁を彼に突き付け仁王立ちしている。どうやらこの人だかりは、サルファーとコーラルの夫婦喧嘩を見に来た野次馬のようだった。

「先日僕たちの店にコーラルさんがやって来た事を覚えているかい?」
「え……あ、はい」
「その時に、サルファーが誰かにプレゼントをする事を耳に入れたんだろうね。コーラルさんは彼が浮気をしているんだと思って、今こうして彼に詰め寄っているというわけだ」
「……ああ」

 なるほど、と双子は同時に頷いた。

「そ、そんな悠長に構えてねぇでコイツに何とか言ってやってくれよ! そのプレゼントはコーラルのために用意したもんなんだって!」
「ハッ、何をいまさら……結婚して数年、ろくに家に居ないくせに、花束ひとつ持って帰ってきたことないじゃないのさ! サプライズだって聞いたってすぐに信じられるもんかね! ……ほら、こっちに尻出しなぁ!その尻叩き割ってやる!!」
「いやいやいや!もうすでに割れてるって! カンベンしてくれよ〜!」

 情けない声を出すサルファーに、真珠がぷっと噴出した。堪えきれなくなった琥珀もフローライトも笑いだし、ついには周りの人々までもが愉快に声を上げ始める。サルファーはコーラルに愛されている。掛け違いの糸はほどなく解けるだろう。琥珀と真珠はしばらく二人の様子を眺めていたが、コーラルの体に障りが出る前にフローライトに仲裁に入ってもらうことでコーラルもその場も、再び以前の様子に戻っていった。


「えっと……はい、できました」
「まあ、まあ……。こんなにきれいな耳飾りを、どうもありがとう。真珠ちゃん、琥珀くん」

 落ち着きを取り戻したコーラルが、人の好さそうな明るい笑顔でお礼を告げた。桃色の髪をしたコーラルの耳元で、涼やかな花束と黄色いプライマリーの花が優し気に揺れている。嬉しそうに何度も鏡の前で確かめる奥方の様子に、琥珀と真珠は向かい合って笑った。

「この石も、むかつくけどあの人の髪色みたいで嫌でも居ない間に思い出しそうだよ……。フローライトさんのお手伝いもあっただろうに、準備も大変だったんじゃないかい?」
「ぜんっぜん! むしろ楽しかったよ。なあ、真珠!」
「うん! サルファーさんも、誤解が解けて良かったですね」
「はは……」

 振り返ると、カウンターにもたれるようにして虚空を見つめるサルファーが、乾いた笑みを浮かべていた。その隣で苦笑するフローライトが、

「これに懲りたら、お前はもっとコーラルさんを大事にしてあげることだな。少なくとも、次の依頼から帰る時には花束は持っていく事」
「そうそう、もっと言ってやって」
「はぁ……」

 げんなりとした表情のサルファーだったが、どこかほっとしたような顔になっているのは妻の笑顔を見たからだろう。これで一か月家を空けても、依頼に集中できる。優秀な冒険者の思いが手に取るようにわかるのは、フローライトがコーラルと同じくらいの付き合いだからだろう。目を細めたフローライトがサルファーに激励を送ると、短い言葉で彼が頷いた。
 琥珀も真珠も、そんな二人の様子を少し羨ましく思う。フローライトとサルファーのような、大人になっても繋がりの切れない友達を持つことができるのだろうか。少しの期待と、未来の展望に思わず胸がきゅっとなる。何はともあれ、サルファーとコーラル、そしてフローライトの三人に幸せのお手伝いができたかと思うと、自分が誇らしく思えた。

「そういえば、サルファーさんの次の依頼って、どんな内容なんですか?」
「ああ……言ってなかったか?」

 サルファーは胸元から安っぽい紙を取り出すと、皆の前に広げて見せた。

「ドラゴン出現の調査だよ」
「どっ……ドラゴン!?」
「ああ、そのドラゴンな。トカゲじゃねぇよ。何でも……」

 東の山で見たやつがいるらしい。
 サルファーが言い放った瞬間。琥珀のズボンの中、ポケットで眠る虹色の鱗がきらりと静かに光るのだった。


 おわり

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