恋した瞬間の失恋

 自主練を終えて帰ろうと思ったら、部室棟の階段の下に鞄が置いてあるのに気付いた。最近、よく一緒に帰っているからわかる。この可愛さの分からないカラスのキーホルダーをつけているのは、マネージャーの苗字さんだ。
 ただ何となく、残ってるなら送って行こうと思った。女子だし、家の方向も一緒だし。

 体育館の脇に見付けた人影に何も考えずに出て行きかけたが、聞こえてきた言葉に足を止めた。

「繋心さん、好きです」
「あー……何て言やいいか……。お前は、いつもあいつらのためにマネージャーの仕事しっかり頑張ってるって思ってる。でも、俺にとってはそれだけだ。何もこんなおっさん捕まえなくても、周りにいいやつ居るだろ」

 聞きなれた声、聞きなれない呼び方。一瞬別人かと思ったが、繋心さんと呼ばれた烏養さんがマネージャーと言ったから、この声の主は苗字さんで間違いないだろう。

 普段しないことをするもんじゃないと後悔した。なぜ今日に限って、探しに戻ってまで送ろうなどと思ったのか。まさか、こんな場面に出くわすことになるとは思わなかった。ここに居ることがバレないように小さく溜め息を吐いた。

「……周りの皆がいい人なのは知ってます。でも、私が好きになったのは繋心さんです」
「だから俺は、」
「私、あきらめません」

 失礼しますと言って、苗字さんがこっちに歩いてくるのが分かったけど、今動いてもバレるだろう。いっそ暗さに紛れて通りすぎてくれなんて思いながら壁に寄り添ってみたけど、まぁそんなに上手く行くわけがない。曲がってきた苗字さんに思い切り睨まれた。

「……」
「……ウ、ウス」

 とりあえず小さい声で挨拶をいえたけれど、苗字さんは無言。どうしようか迷っていると、俺が口を開くよりも先に苗字さんが俺の袖を掴んで歩き始めた。これはもう黙ってついて行くしかなさそうだ。



「……はぁ」
「……」

 俺もため息吐きてえ、そんなことは言えずに家の近くの公園のベンチに並んで座る。さすがにあの展開からいつも通り坂ノ下商店に、とはならなかった。

「影山、なんで居たの? もう皆で帰ったと思ってたのに……」
「帰りかけて、苗字さんの鞄見付けたんで、送ってこうかと……」
「あぁ……ありがと……」

 見付かった瞬間のあの睨みのわりに苗字さんは怒っている感じでもなくて、少し拍子抜けと言うか、怒られると思っていたから肩の力が抜けた。

 だからと言って俺の方から何か聞けるわけでもなく、意味もなく星の数を数えたりして。

「今日のこと内緒にしてね。私、普通にするし。影山も普通にしてよ」
「ウス……」
「……あきらめないとか言っちゃったけど、どうすれば振り向いてくれるのかなぁ〜。影山的にも私ってダメ?」
「は? いや、俺は……ありだと思いますけど、たぶん」
「たぶん」
「あ、いや、ありっす」
「へへっ、言わせた感ハンパないね」

 眉をハの字に下げて笑う顔が、いつもハッキリとモノを言う強い先輩という印象とはまた違って、

「可愛いッスね」
「何が?」
「苗字さんが」
「真顔で言うな、恥ずかしい! そんなに持ち上げなくていい!」

 頭を叩かれて、我に還った。別にこの人の機嫌を取ろうと思って言ったわけじゃない。本当に思ったままに口にしてしまった。

「い、今のなしで!」
「やっぱり可愛くないって?」
「はぁ!? いや、可愛いッス! じゃねえ何言わしてんスか!!」
「影山が勝手に言った」
「そう、スね……」

 全力でため息を吐いて頭を抱えた。さっきから何言ってんだ、俺。

 でも本当に可愛いと思った。さっき烏養さんと話していた時はあんなに堂々として、あきらめませんと力強く告げていたのに。

「ほら、可愛い先輩を送ってくれるんでしょ?」

 にこにこと楽しそうに笑いながらそう告げる苗字さんを見て、改めて可愛いと思う。
 あぁ、なんだこの感情。いくらなんでも不毛すぎる。

 ここまで連れて来ておいて、置いてくよと立ち上がる苗字さんの手をほぼ無意識に掴んだ。

「わ、なに、どうしたの?」
「いや、あの……」
「影山?」

 どうしたの、ともう一度聞いてくる声が優しくて困る。いつも部活で会う時みたいに厳しい先輩だったら、きっとこんなこと思わなかった。

 なんで、今、この人のこと好きだとか思ってしまったんだろう。

「なんかあったら、聞きます。俺しか知らないんスよね?」
「うん、影山だけだよ」
「じゃあ、なんかあったら言って下さい」

この人の気持ちは別のところに向いているけど、他の誰も知らないこの話をしている時のこの人は、俺だけのものだ。


恋した瞬間の失恋


title:恋したくなるお題

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