22歳、ダンデライオン

 22歳、冬。

 宮城ほどではないけれど東京の冬も寒いんだなと思ったのは4年前。
 大学生活が楽しくて遊びに行くことが増えて、留年しかけたのが3年前。
 初めて合コンに参加して、乱入して来たリエーフに帰らされたのが2年前。
 リエーフから告白されて、付き合うようになったのが1年前。

 4年前から少しずつ連絡を取る頻度は増えて、3年前にはリエーフが同じ大学に入学して、私の東京生活にはリエーフがよく関わっている。
 付き合いだしてからの1年は特にリエーフがたくさん連れ出してくれて色んなところに出かけたし、今ではほぼ同棲状態でリエーフが私の家にいる。

 それでも、私達の間には所謂“カラダの関係”というものが未だにない。大切にしてくれているのか、躊躇われているのか。前者ならデキ婚が多いこのご時世になんて幸せなことかと喜ばしいことではあるけれど、後者であったならどうしたらいいものか。

「で、それをなんで俺に相談してんの……」
「リエーフのことを聞くなら夜久さんが一番だって前に芝山君が教えてくれたんですよ。それに、いくらリエーフのこと聞きたいからって、さすがに黒尾さんには会えないですよ」
「そうか?」
「4年前にリエーフの前で泣いたんです、私」

 数える程しか会ったことのない人を、東京に出て来ようと決断するくらいには、当時は黒尾さんのことが大好きだった。
 それをリエーフに泣きながら話したことは、今でも決していい思い出だとは言えない。

「あのさ、それ聞くとお前まだ黒尾のこと好きなの? って聞きたくなるんだけど」
「違いますよ! え、そんな風に聞こえました……?」
「聞こえた。まだ黒尾のこと忘れてないからリエーフに後ろめたい風に聞こえた。その日からリエーフと近付けたんだから結果オーライくらいの過去に変えて、笑い話にしてやれよ。まぁ、あいつが手出さないのは単純に大切にしてるんだと思うけど」

 夜久さんにそう聞こえたということは、もしかしたらリエーフもどこかでそんな風に感じていたのかもしれない。
 だとしたら、私はとんでもなくひどい女なんじゃないか? あんなに私を大切にしてくれているのに、私は彼に愛情を伝えられていなかったのか。

「少し、前になんですけど……」
「ん?」
「大学の女の子に言われたんです。リエーフが可哀想だから別れてくださいって。もういいでしょって」
「おい、」
「そんな全く知らない子に言われるくらい……。私なりにリエーフを大切に思ってるつもりだったんです。すごく大切にしてくれるから、私も彼を大事にしたかったんです」
「苗字、落ち着け」
「その女の子にも、夜久さんにも、私はリエーフを好きじゃないように見えたんですよね。もしかして、私、まだ」
「苗字!」
「本当は! リエーフもそう思ってるんじゃないですか? そんな風なこと言われたことないですか?」
「落ち着けよ」

 夜久さんがコーヒーに口を付けて小さく息を吐く。同じように目の前のミルクティーに手を伸ばしたけれど、情けなく震える手に気付いた。怖いと言うのが正しいのか、悲しいのか、よく分からない感情が胸の中に渦巻いていて、今にも泣いてしまいそうな気さえする。

 もう何を言えばいいのか分からずに黙り込んだ状況で、沈黙を破ったのは私でも夜久さんでもなかった。

「お前ら何やってんの? やだぁー、なぁにもしかして密会? 声掛けないほうがよかった?」
「黒尾……」
「黒尾さん……」
「え、マジなの? 浮気?」
「んなわけあるか」

 だよなーとヘラっと笑いつつ、なぜか黒尾さんはそのまま夜久さんの隣に腰を下ろした。
 さっきの話の内容もあって、今はできれば黒尾さんと一緒には居たくないけれど、それをそのまま伝えるなんてことはできるはずもなく、そう伝えて変に思われても困るし、もう何が正解なのか全く分からない。

「お前、何しに来たの」
「え、暇だから買い物でも行こうかと思って歩いてたら、密会してるのが見えたから遊びに来た」
「……」
「んだよ、お前らなんでそんなテンション低いんだよ」
「リエーフがこいつに未だに手ぇ出さないのなんでだと思う?」
「夜久さん!」
「え、そうなの? 純愛かよ〜、マジか。そりゃあ、めちゃくちゃ愛されてんじゃないの? だって、あのスキンシップ大好きリエーフだろ? なまえちゃんはそれが不満ってこと?」
「え、や、そうではなくて、あの……」
「あ、浮気の心配? ないない、あいつにそんな度胸ないから。お前泣かせるくらいなら別れるだろ」
「……私、黒尾さんのことが好きだったんです。初めて会ってから、4年前まで、ずっと」

 黒尾さんに会いたくて、東京まで来ました。もし、叶うなら、あなたの彼女になりたくて。

 膝の上で手を握りしめながら、静かに伝えた。とても目を見て言うことはできなかった。
 リエーフの笑顔が頭に浮かんでくる。だけど、同時に黒尾さんの笑顔を見たいと思ってしまっている。どうしようもない本心だった。

「ちょ、おい、苗字」
「私の話を聞いた夜久さんに、まだ黒尾さんのことが好きなのかって言われました。大学の子にもリエーフが可哀想だから別れてほしいって言われました」
「自分でもそう思う?」
「分からないです。でも、黒尾さんに会うといつもドキドキするんです。緊張なのか、恋なのかは分かりません。だけど、今黒尾さんの顔を見て、会いたくなかったと思いながら、黒尾さんに嫌われないようにしようとしている私がいます。どうすれば、黒尾さんが……」

 私に笑いかけてくれるのか、考えている。

「多分、この話はリエーフ抜きでするべきじゃない。お前の本心がどっちだろうと」

 恐る恐る顔をあげれば、真剣な表情の黒尾さんと目が合った。最低なことを口にした私を責めるわけでもなく、真剣に受け止めてくれているのが分かる。
 夜久さんは何か言いたげな表情で私と黒尾さんの顔を見ていた。2、3度口を開いては閉じると言うことを繰り返して、大きなため息を吐いた。

「リエーフ。今日午後から練習つってたから、話すなら夜だ。早い方がいいだろ」
「そう、ですね……」
「焦りすぎて思考がおかしくなってる、と俺は思う。俺が言ったことも混乱させる要因になって悪かった。でも、お前は好きでもないのにリエーフと付き合ってたなんてことはないし、リエーフがお前と付き合ってる間に幸せじゃなかったなんてことはない。それだけは絶対だ」
「……はい。ありがとうございます。黒尾さんもすみませんでした」
「いや? 俺は別に何もしてないし。やっくんがいい先輩してんの見てただけ」

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