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ここは夢ノ咲学院演劇科。
アイドル科に比べると、特別力を入れているわけではない…というのが本当のところだろうか。それでも芸能界に飛び込むのに必要な力をこの学校では十分に養える。
そしてこの学院には、他にも普通科、声楽科、音楽科、声優科があるのは皆さんご存知のことと思う。

「そういえばさ、ここのアイドル科はイケメン揃いだよね」
「そうなの?私見たこと無いんだけど…」
「この前ね、門の前通ってたんだけど、たぶん同い年ぽかったかな?オレンジ色の髪で派手だったんだけど、可愛めな顔の男の子と出会ったんだよ」
「へ〜」

アイドル科の話をしているクラスメイトの会話が聞こえた。

「(スバルくんのことかな…)」

オレンジ色の髪の毛をしている知り合いはスバルしかいない。
あの明るい男の子のことを考えていると、スマホが震え、メールがきたことを知らせる。

今日も明音は渉からの呼び出しを受ける。
2年生に上がってからというもの、去年より呼ばれる回数が増えてきているように思う。
その度にアイドル科の先生に申請を出さなければいけない。
(とても面倒臭い。どうしよう。)

「星上さんはアイドル科の男の子と会った事ある?」
「うん、1年の時にちょっと」
「ほら、意外と雲の上の存在じゃないでしょ?」
「ほんとだね〜」

「(何の話してたんだろう)」

午後の授業が終わったら、職員室に行って、先生に「またか」という表情をされて送り出されるんだろう。
隣でアイドル科の話に花を咲かせているクラスメイトにちょっとだけ優越感を感じながら次の授業の準備に取り掛かる。





嘘ついて、ごめんね。とクラスメイトに心の中で謝る。度々アイドル科に足を踏み入れていることを公言するのは禁じられている。他学科は頻繁にアイドル科へ入ることを制限されているのだからそう言われるのは当たり前だ。ただしドリフェスは対象外。

アイドル科の校舎に足を踏み入れてから真っ先に演劇部部室に向かう。
あの部室はちょっとしたライブや舞台のセットみたいに華やかで、本当に部室なのだろうかと思う。

「明音」

この声は北斗くんかな。聞き覚えのある通る声が後ろからして明音は振り返る。

「…?日々樹さん?」
「はい、貴女の日々樹渉ですよ……☆」
「んん…?もしかしてお得意の声帯模写ですか」
「もしかしなくてもそうですよ…☆」
「(この人は…)」

そういえば演劇部室へ向かう廊下の決まった場所で渉が何かしらを仕掛けてくるのを忘れていた。
手に持っていた、歌劇のパンフレットや友也に貸そうと一緒に持ってきた小説の入ったトートバッグが浮いたかと思えば、渉の腕が伸びていたので持ってくれたのだと悟る。

「とても重そうに見えたので」
「ありがとうございます…」

にっこり、いつもみたいにきれいな笑顔が至近距離で明音へ向けられる。賑やかで派手な人でもやはりアイドルで顔が整っているため、とても心臓に悪い。びっくりする。

「北斗くんも友也くんも、もうすぐしたら到着すると思うのでそれまで私たちの次の舞台の読み合わせに付き合っていただけませんか?」
「はい、是非」
「今回のテーマは"いじわるなお嬢様と弱虫メイド"です♪」
「これはまた特殊そうなお話ですね」
「そうでしょうそうでしょう……☆もちろん、弱虫メイドの配役は友也くんなのですけどね…☆」
「(かわいそう…)それじゃあ、いじわるお嬢様は日々樹さんが演じるんですか?」
「いえ、お嬢様役は北斗くんに。私はメイド長の役です☆」
「メイド長の出番、意外とありますね」

ぺらぺらと渡された台本に目を通す。

『"エマさん、あなたソウタさんに何かしたの?あの方、貴方の話ばかりなのだけど"』

渉が突然発声した。
この台詞はお嬢様だ。たしか、このページに書かれていたはず、と台本をぱらぱら捲る。

『"…私何も覚えがありません!お嬢様の大事な許婚様ですよ!?私なんかが……!"』
『"そんな事言って。私の知らないところで色仕掛けでもされたんじゃなくて?"』
『"そ、そんな…"』

じわり、と目尻に熱い涙がにじむ。
これは冤罪の流れに…

「明音さん、貴女は感受性が豊かな上、演技のセンスもとても光っています。しかし…あまりこんな顔をすることは感心しませんね」
「え…?」

こんな顔、とは。
台本をぱたん、と閉じて明音の目尻に溜まる涙に渉の指が触れる。その指は少し温かくて心地よかった。



「あの二人、本当にすごいですよね…!役になりきりすぎてキャラに取り憑かれてるんじゃないかと思うくらい…!」
「ああ…明音は俺と一緒で両親が芸能人だから、小さい頃から英才教育を受けていたんだ。まあ明音の両親は才能が天才的だから、あいつにもそれが受け継がれたんだろう」
「というか、明音さんはまだしも変態仮面は俺たちが来ること知ってますよね!?何か今、す、すごい良い雰囲気じゃないですか…?」
「……そうだな」

北斗は学級委員の仕事が長引いてしまい、本番が近いので渉や友也に迷惑をかけてしまうと思い急いで部室に向かった。すると部室の扉の前で友也は立ち止まっていて、北斗は安堵の息を漏らすが、なぜ入ろうとしないのか、それは扉を開けてから理解した。
大方北斗たちが来るまで台詞合わせを手伝わせたんだろう。同じ演技をする者同士…真剣に。俺たちはまだ台本を見せてもらってはいないが、また大変な役を与えられるんだろうと思うと少し胃が痛い。
明音には関係の無い舞台なのに、渉に部活をする度、毎度の如く呼び出されているのに嫌そうな顔をせず手伝ってくれる。

(部長は明音の演技力を認めている。俺や友也には厳しい特訓や試練を与えるのに、明音にはそれがほとんど無いと言ってもいい。)

「おや、お2人共、来ていたのですね……☆」

一心に明音を見つめていた瞳が不意に此方に視線を寄こした。
慈愛に満ちた瞳から、一気にいつも通りの部長に早変わりだ。

「さあ、面子が揃った事ですし、まずはエチュードでも始めましょうか…☆」
「え、エチュードぉ〜!?それ、絶対永遠続くやつじゃないですか!」
「おや、弱気ですねぇ友也くん」
「エチュードは確かになかなか終わらせるタイミングが掴めないから辛くなっちゃうかもしれないけど、アドリブが上手くなるかもしれないよ」
「明音さんが言うと何か納得できる…」
「おやおや、直属の部長である私を差し置いて浮気ですか…」
「浮気じゃない!そもそも信頼出来るのがどっちかっていうと明音さんだからって事ですよ!」
「愛すべき後輩に信頼されていないなんて、こんなに悲しい事は無いですねぇ…しくしく」
「嘘泣きするな!」

年が2つも違う渉に容赦無く噛みつく友也は遂にこの変態…部長の嵐のような賑やかさに慣れてきたのだなと1人北斗は感傷に浸ってしまう。

渉はハンカチをポケットから取り出し、流した涙を吸い込ませる。

(その姿さえ絵になるのだから、部長はつくづくすごいと思わされる。…悔しいが。)

そんな部長を口角だけ僅かに上げて苦笑している明音。

「嘘泣きはあからさま過ぎですね」
「手厳しいですねぇ明音さんも」

短くてさらさらとしていそうな髪を揺らして笑んでいる明音はとても楽しそうだ。普段の彼女を知っているわけではないが、あんなに感情を出しているのは多分ここにいる時が1番だろう。

「それじゃあ、肩慣らしにエチュード始めましょう」
「明音さんがやる気で私は嬉しいです…☆」
「部長、テーマは」
「そうですねえ、本日のテーマは―"バンド仲間で雨宿り。しかし男3人は1人のボーカル担当女性に好意を寄せている。なんてシチュエーションはいかがでしょう?」

という最近多い泥沼設定に皆大きく息を吐き出したのは言うまでも無い。


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