「いい眺めじゃないか。君が守ったんだ。……君の街だ」
「僕の街……か」

白鯨の墜落が防がれ守り切ったこの町で太宰君と敦君が景色を眺めている。風に吹かれ髪を靡かせながら、太宰君が優し気な声色で敦君に話しかけた。沈みかける夕日を浴びて彼らの顔が茜色の染まり、強く朱を含んだ紫陽花色の夕空が街の上に広がる。綺麗な風景だった。その風景を彼らより数歩下がったところで眺めながら敦君に声をかける。

「この街が好きかい?」
「....はい」
「そうか、君自身が君の生を諦めず進み続けた結果だよ、よく目に焼き付けておくといい」

記憶とは忘れやすいものだ。だからこそ自分の心が動いたような日の光景は、しっかりと脳に刻んでおくと良い。午後の陽光が暗くなる様子を見ながらそう言って、私は背を向けた。

私はどこかの組織や国に忠誠を誓っているわけではないし、誰かを追いかけているわけでも、守りたいものがあるわけでもない。言ってしまえば生粋の自由人だ。だからこそ、この先探偵社から消えることも十分にあり得る。見知らぬ土地に旅に出ることだってあるだろう。ヨコハマに飽きれば違う国の違う地域に行く。私にとってヨコハマは世界中に無数に有る都市の中の一つでしかない、それ以上もそれ以下もないのだ。

「先輩も、この街は好きですか」
「面白い町だと思うよ」

ポートマフィアだったり、探偵社だったり、それ以外でもこの街を根城にしている組織はいるし、ここで暗躍している人達も多い。そしてそれだけの情報が眠っている、秘められている場所でもあるのだ。日常的に何かが起きる、それは平凡ではないかもしれないが、私にとっては刺激的で面白い。しかし好きかどうかと言われたらそれはまた別問題だ。

「ただ、世界の街はヨコハマだけじゃないからね。きっかけがあれば世界中のどこへだって行くさ」
「先輩は、またいつか私を置いてどこかへ行ってしまうのかい」

太宰君がこちらを向く気配がして、敦君が何かを察したのか、将又やることを思い出したのか、ハッとしたように手を叩き「僕、先に戻りますね!」とこの場から消えていった。この場に残されたのは私と太宰君になる。

「そうだねぇ、何て答えて欲しい?」
「....そう返されるだろうと思ったよ」

太宰くんが隣に並び、唇に微かに笑みを漂わせて私を見る。下がった目尻と眉の角度、上がった唇の角度とともにその笑みは一見普通の笑顔に見えるのだが、何故か見る者を怯ませる凄みがあった。

「私があの手この手を使ったところで貴方を捕えておくことはできない、私が行かないでと言って手枷足枷を付けて薬漬けにしても貴方は潜り抜けていくだろう?」
「怖いよ、目がマフィアだ」
「それくらい本当は先輩を独占したいということさ、相手をしてくれないと先輩に飢えてしまうのだけれど」

まったくなんの脈絡もない行動だった。ふと指を持ち上げられ、そのまま指先に唇が当たる。突然のことに時が止まった脳が、異様な事態を認識して辛うじてぴくりと私の指が揺れた。そうるすと、太宰くんはゆっくりと口元に笑みを浮かべ妖艶に目を細めてから、あろうことか今度は私の指に歯を立てた。その感覚にぴくりと揺れるだけではおさまらず反射的に手を引っこめようとしたけれど、そうなることを見越したのだろう、太宰くんが私の腕を強く掴んでいる。

「ふふ、....いっそのこと食べてしまいたい」
「・・・」
「ねぇセンパイ、、、食べられてみるかい?」
「...太宰くん」
「.....うん........?」
「ゲテモノ料理屋でも紹介しようか?」

途端、彼は深い溜め息をついてから片手で前髪を上げ、そのまま天を仰いだ。

「はぁ〜〜〜〜なんでそうなるかなぁ先輩!!!!!そうはならないでしょう普通は!!!ここは恥じらうか恋を自覚するか誘いに乗るかするでしょ!?!?!っていうか少しは動揺して!?!?空気読んで!!私はゲテモノを食べたいわけじゃあないんだよ!!!!」
「愉快だね」
「.................」

まだ諦めていないのか、今度は包み込むように手のひらを合わせて、ゆっくりと指を絡める。何かを試すような視線が私に向けられ、吸い付くように肌が合わさった。手のひらから体温を感じる。案外手が暖かいかなんて考えていれば太宰くんは絡めた指先をなぞるようにして私の指を解そうとしたり、かと思えば手の甲を擦るように指を這わせた。擽ったいので手を離そうとすれば握られる力が強くなり動きを封じられる。

「ねぇセンパイ、好きだよ、凄く、好き」
「どうやらそのようだね」
「ドライ!!...........あのねぇ先輩、私は本気なのだよ。マフィア時代から、背中を見ていた時からずっと」
「まぁ、とりあえず手を離そうか」
「はぁーーー.............私の気持ちの一割も届いていない気がするのだけれど」

魂も一緒に抜け出ていきそうな深いため息と共に妬ましいような瞳を向けられながらも、手が解放された。それに合わせて二三歩前に出て振り返り、後ろ髪が風に吹かれ顔にかかるのを右手で軽く払い、下から覗き込むように太宰君の目をじっと見る。

「"君の手中に収まるような人間じゃない"と言っただろう?忘れたかい?」
「!」

太宰君の目が何かを思い出したように見開いたのを見て自然と口角が上がった。太宰君の表情が大きく変わるところは見ていて面白いし人間らしくて好きなのだ。

「私を好きなのは構わないさ、ただ...己の頭脳で測れる相手だと思うなよ、太宰?」

太宰、という言葉の語尾を少し上げ意地悪げに声色を変えてみれば、太宰君は絞り出すように声を出してから胸を抱えやがて顔を片手で隠してしまった。また何か唸っているようだ、苦しそうなのでとりあえず放置しておこう。それに私には行かなくてはならない場所がある。

************************

黒い空に銀紙でも張ったような明るい月だ。豪奢で深い憂愁を秘めた夕焼けが姿を潜め、凛とした静けさが星空全体に広がっている。太宰君と別れた私は、探偵事務所へは戻らずヨコハマから外れる道を歩いていた。
自分の足音だけが響く路地裏で、人の気配がないことを確認してから能力を使い目的地に一瞬で移動する。空間を切り取って盗むことができるなんて知っているのは私と"彼"しかいない。

「いい空ですね」
「街と言わないのが君らしいよ」
「ヨコハマの街の景色にさして興味はありません」
「ギルドに内乱を誘発、白鯨は下降してヨコハマの街は壊滅...の予定だったのかな」
「貴方でしたら私を止めることもできたでしょうに」
「私が動かなくてもヨコハマは守られただろう?探偵社の皆は優秀だよ、私がいなくても回る」
「なるほど......................それで、本音はどうなんです?」

隣でふわりとコートが揺れる気配がしてちらりと横目で見れば、悪戯っぽく好奇が含んだような赤紫の瞳がこちらに向けられていた。空気が震えるような艶やかで美しい、しかし何か甘い秘密を隠しているような笑みを浮かべている。顔が良いから絵になるな、なんて思考が一時飛ぶくらいには全てが完璧に形取られている。彼をよく知らない人ならば見惚れているうちに命を奪われるかもしれない。

そこまで考えて、遠くに光るヨコハマの街並みを見下ろす。

「.....私は私。私のやり方で、私のやりたいようにやるさ」

甘い秘密を隠していそうな笑みがより一層深くなった。

「ポートマフィアにいても探偵社にいても、やはり貴方は貴方のまま変わりませんね、昔から」


何年前だろうか、ポートマフィアにも武装探偵社にも入る前のことだ。銀白色の月が異様なほどに輝いていた夜、私は"フョードル・ドストエフスキー"という青年に出会った。あの時のことは脳裏に色濃く鮮明に残っているーーーーー。

XX年前ーーー

黒い空に銀紙でも張ったような明るい月だ。川面に映った月が波に砕けて、ひっくり返した宝石箱のようにきらめいている。ゆらゆらと揺れる水面を見ながら静かに呼吸をすると冷たい空気が身体に入り込んだ。都会から離れたこの場所は、生活音もなく、人の声もない。風の音と水の音が微かに聞こえるだけで、そこはまるで切り取られた世界のように美しく静寂だ。

「自らの異能を結晶化して取り出し、それを躊躇いもせず相手に渡す人を、私は初めて見ました」
「...ん?」

静寂を破った声は綺麗に透き通るような声だった。後ろから聞こえたそれに振り向けば、異常にまで明るい月に照らされた黒髪の青年がいた。

「...では、初めて見たご感想は」
「変な人ですね」
「個性的ってことかなありがとう」
「褒めてないです」

水面をわたってくる風が、頬や項に涼しく染みた。黒髪とコートを靡かせている彼は、黒い手袋に覆われた手に結晶を持ちながら、私ではなくその結晶を不思議そうに見ている。

「その結晶に込められた異能はアルセーヌ・ルパン。どんなものでも盗みだせる能力だ、たとえそれが自分の異能であろうと。だから私は敵に差し上げたわけなのだけど、....あとは君の見ていた通り」

話は簡単だ、敵が私の能力を欲していた。そして別に私はこの能力に執着していない。故に「欲しいのならどうぞ」と自分の異能を盗み出し、それを結晶化して渡したわけだ。話はここで終わるはずであった。
しかし相手は物凄く変な顔をしてから、その結晶を握りしめ「何を企んでいるのか分からないから殺せ」なんて理不尽にも私の命を狙ってきた。人がせっかく欲しがっていた能力を無償で提供してあげたというのになんたる仕打ちか。と思いながら死ぬのは御免被るので逃げてきたわけだ。
その一部始終を彼は見ていたのだろう。姿を敵前に現したりはしなかったが、気配と視線はずっとあった。彼が今その結晶を持っているということは、恐らく敵は彼が殲滅したか捕らえたかして、異能の結晶だけを奪ったということだ。律儀に返しに来たのだろうか。

「返してほしいですか?」

いや違う。律儀というわけではないのかもしれない。未だにこちらを見ず結晶を見ている。

「欲しいのならあげるよ」
「..............なるほど、自分の一部だとか、自分の分身だとは考えない人でしたか」

ようやく彼がこちらを見た。

「私は私、異能は異能。一緒くたにされるのは困るな」
「おや、大半の人間は能力に驕るか縋る、もしくは一心同体と考えるというのに」
「そうだね、私には到底理解できないね」

肩を竦めた私に反応したかのように、彼の手のひらにあった結晶は浮遊して、私の間の前まで来ると、胸元ですぅっと消えてしまった。特に身体に変わりはないのだが、また異能が戻ったのかと自分の手を見ていれば、少しばかり間があいて、ふむ...と頷いたような声が聞こえた。

「貴方に聞きたいことがあります」
「どーぞ」
「.....異能力とは、何だと思いますか」
「」
「ほう?」

私の持つ異能力、アルセーヌ・ルパン。この能力は実態の有無に関わらず盗める能力だ。悪人からしたら喉から手が出る程欲しい能力かもしれない。正義を掲げる人からしたら小癪な能力でもあるだろう。打算的な人間からすれば便利すぎる能力かもしれないし、無垢で純粋な人間であれば使い道がないのかもしれない。しかし私は、そのどれにも当てはまらない。この能力はそんなごく一般的な想像の範囲で収まるものではなく、一般人の尺では計り知れないような独創的で前衛的な能力だと思っている。
早い話が、異能とは使う人によって価値を変えるのだと考えている。

しかし同時に、私の人生に影響を与える程のものではないとも思っている。人生において必須かと言われれば否だ。能力があってもなくても私は私で消えもし変わりもしない。それがないと生きていけないなんていう意志薄弱な生き方はしていない。
あれば生かすことはできるだろう、しかし無いと困るものでもない。何故ならば、異能があろうと無かろうと私は私で、生き方は変わらない。ということだ。

そう、長々と説明してもいいのだが、私に質問しておきながら瞳を閉じてしまった彼に長話は無用かもしれない。少し考えてから、ふと視界に入った白い帽子を指さした。

「私にとっては、それ」
「はい?」
「君の帽子みたいなもの」

すると、閉じられていた瞳がゆっくりと開く。ふいに自身が身に着けている帽子を手に取り、それぞしばし見たあと、今後は心を覗き込むように私を凝視した。

「.....わけがわかりません」
「アクセサリーみたいなものと言ったんだよ。魅力的に見えるかもしれない。でも無くても困らない。異能の有無で人生が左右される生き方はしない」
「異能があってもなくても変わらないと?」
「変わらないよ。それが私の生き方」

私を見ていた瞳が鋭くなる。警戒するような、軽蔑するような、鋭利で容赦のない視線だった。しかしそれに怯むこともなく彼を見ていれば「そうですか」と忌忌げ眼光を向けられる。それから興味のなさそうに踵を返した。私を殺しもせず一方的に話を終わらせ、あたかも最初から私など存在していなかったかのように背を向け歩き出した彼は、きっと私への関心を無くしたのだろう。何かを見定めようとして、取るに足りないと判断し、敵にすら成り得ないと判断されたのかもしれない。それはそれで構わない....のだが。

「というのが私個人の答え。ただ、客観的に答えるなら答えは真逆だと思うよ。君は、"大半の人間は能力に驕るか縋る、もしくは一心同体と考える"と言った。でもそれは裏を返せば、自我を異能に支配されているということにも成り得る」

彼がぴたりと足を止めた。

「異能がなければもっと自由に生きれただろうに罪深いよね」
「!!」
「断罪するつもりはないさ、人様の人生だ。ただ...異脳に縛られていることを理解していない者は、異能なんて無い方がよほど幸福だと思うよ」

ぶわりと大きな風が吹き、私の来ていたコートがばたばたと煽られて風の音と混ざる。彼が目を見開いてこちらを向いたような気がしたが、片手をひらひらと振りながらゆっくりと歩き出す。

「こんなことを聞くくらいだ、君にも何か考えがあるんだろう?否定はしないよ好きにすればいい」
「...」
「私は私。私のやり方で、私のやりたいようにやるさ」

なにか聞こえたような気がしたが、足を止めるまででもないと思い、そのまま歩き続ける。すると、後ろからもう一度、今度は確かに待ってくださいと声が聞こえた。その途端、目の前に彼が急に現れる。しかし何だか幻影を見ているようで、首を傾げながら後ろを振り向くと、彼は後ろにいた。では目の前の彼はなんなのか。そうして何がしたいのだ。

「.....」

顔を顰める私を余所に彼は人差し指を口に当て、じっと私を見ている。何かを吟味しているようで、ぴくりとも動かなくなってしまった。引き留めておいてなんなんだ、せめて何か言うか反応するかしてくれ、そして目の前の分身みたいなものを消してくれ。思わずジト目を向ければ彼はゆったりを美しい笑みを浮かべた。

「気が変わりました。貴方、私と来ませんか?いえ、私が貴方に付いて行きましょう」
「....ん?え?」

何を考えているのかよく分からない。でも何かを期待されて、ーーーいや、試されているような、見定められているような、何か明確な意図を持った赤紫の瞳がぐっと細められた。

「人間は簡単に物事を自分で考えていると思い込みます。思考を操られているとは考えたがりません。ですが貴方はその限りではないかもしれません」
「......つまり?」
「貴方に私の異能が効くのか気になります」
「ここで試せばいいのでは」
「焦る必要はないですよ、私はしばし貴方を観察していたいので。その方が愉しそうですし」


「そっか..........まぁ、、、別に何でもいいんだけどさ.....君も結構変な人だね」
「それは心外です」


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「ポートマフィアにいても探偵社にいても、やはり貴方は貴方のまま変わりませんね、昔から」

出会った時と同じような黒い空に銀紙でも張ったような明るい月だった。川面に映った月が波に砕けて、ひっくり返した宝石箱のようにきらめいている。ゆらゆらと揺れる水面を見ながら静かに呼吸をすると冷たい空気が身体に入り込んだ。都会から離れたこの場所は、生活音もなく、人の声もない。風の音と水の音が微かに聞こえるだけで、そこはまるで切り取られた世界のように美しく静寂だった。唯一異なるのは、後ろではなく横にフョードルがいることだ。

「貴方と初めて出会ってからかなりの月日が経ちましたが...未だに、貴方のような奇特な人には出会った試しがありません」
「それは残念だね」
「そうでもないです。年月が経過する度、やはり貴方は変な人なのだと再認識できます」
「貶していないか?」
「褒めているのですよ」

横目でちらりとフョードルを見れば、彼は珍しく目を吊り上げて、赤紫の瞳だけをこちらに向けていた。整った眉、少し長めの自然な美しい睫毛、細く筋の通った鼻、口角の上がった唇、色白の肌、そこに差す銀白色の月の光。こんな美しい顔でこの世に幸をなんて言いながら、悪より悍ましい何かを抱えているなんて、人は見た目によらないものだなぁと考え、それは自分も同じなのだろうかと再度月を見上げる。

「貴方のような人がいなければいないだけ、私は貴方に自分の能力が効くのかを思考することになります」
「存分に思考してどうぞ」
「殺されたくない、とは言わないのですね」
「君だって死の救いを、とは言わないじゃないか」
「......そうですね」

肌寒い風に髪を揺らす彼は意外なほどに穏やかな表情でこちらを見つめていた。彼の赤紫の瞳が深く澄み渡っている。透き通っていながらも、底が見えないくらい深い泉のようだ。覗き込めば吸い込まれてしまいそうな艶やかな光を灯している。

「共に行動しても敵対しても貴方を完全に理解することはできませんでした。いえ、そもそも敵なのか味方なのかも分かりません。異能だってあれから何度取り出したか分かりませんよ。やはり貴方は変な人です」
「君にとって私は永遠に変な人なわけね」

今度は、眉を下げ少しだけ口元を緩めた。相手を挑発しているわけでもなく蔑んでいるわけでもない、作り笑いでもなく苦笑いでもない、ゆったりとした笑みで、どこか楽しそうに、どこか困ったように、じっと私を見て、それからこくりと首を少し傾けた。

「パルトニョールシャでしょうか」
「....パルトニョ、え、なに??」
「相棒、敵手、パートナー、恋人など色んな意味があります、ロシア語です」
「広義だね」
「えぇ.....それだけ貴方が自由な人なのです」

優しいような皮肉なような独特の微笑みを浮かべていたフョードルが目の前に立つ。

「....ほどほどにしていただかないと、執着してしまいますよ、私が」
「構わないよ、君が何かしたところで私の生き方は変わらないからね」
「貴方は良くても僕の生き方が変わってしまいます」
「それは君の人生だ、君が望むようにすればいいさ」
「人の人生を変えてしまうなんて、貴方も十分と罪深いですね」
「フョードル」
「なんです?」

「"それが私の生き方だ"」

しばし固まったように私をみて、何度か瞬きをしてから、やがて浮び始めた残虐な微笑は、明るい月夜の中を毒汁のように流れた。


ーーー............なるほど、太宰君が惚れるわけです。

「え、何か言った?」
「いいえ...ただ、たった今疑問が生まれました」

その瞬間、ふわりと風を感じたと同時に優しくて穏やかで驚くほど柔らかな唇の感触がした。長めの黒い前髪が私の前髪と重なり、愛でるように直接手のひらで頬を撫でられ、もう一度、今度は唇が触れるか触れないかのところでぴたりと彼の動きが止まる。時間にして数秒の出来事のはずが全てがスローモーションに移り、映画か何かを見ているのだと脳が錯覚を起こす。

「罪を愛してしまったら罰を受けるのでしょうか?」

その声だけが静寂の中を漂った。ぴくりと無意識に動いた私の指に彼のひんやりとした指がゆっくりと絡む。再び唇が合わさって、過ぎていく時を防ぐように重ねられた唇は離れなかった。そこでようやく事態を理解する。はっとして、やっと視線を合わせた私に気付いたフョードルが、下唇に噛みついた。


「痛い、いきなり何するんだ」
「太宰くんに先を越されるのは癪なので」
「.........はぁ?」