原作で言うと大分時間が経ったらしい。
いつの間にやらいつの間にやらジンとウォッカはトロピカルランドに行き、いつの間にやら江戸川コナンという我等が主人公が現れ、いつの間にやら少年探偵団が結成され、いつの間にやら灰原哀という組織脱出成功者が現れ、いつの間にやらキールが入院し、いつの間にやら赤井さんが来葉峠で撃たれていたらしい。帰国してみれば物語は超高速に進んでいた。そしていつの間にやら帰国後の私の隣は安室透の特等席になっていた。何でだ。


さて、こんなにも重大な事件があった期間、私は何もしていなかったわけではない。イギリスにて観光とか、観光とか、観光とか、白馬探とカフェとか、観光とか、観光をしていた。赤井さんが大変な時に罰当たりである。


そういうわけで物語の大事なところの大半を見逃した私は罰当たりのくせに頗る機嫌が悪い。まるで原作の本筋に触れられないように異国へ飛ばされたようだ。神は私をとことん嫌っているらしい。上等だこんちくしょう。

だが機嫌が悪いのはそれだけが理由ではない。帰国してから安室透はこれでもかという程私に付いてくる。拒否設定と無断出国を相当根に持っているらしい。任務は仕方ないにせよ普段の行動も奴は付いてくるのだ。どうにかしろ。もはや私のおまけでもれなく安室がついてきます的なアレだ。行く先行く先で女性が「あの人かっこいい」とひそひそ話をするものだから私はもう疲れた。

しかも私服を着て安室透と歩けば恋人同士に見えるらしい、なんということだ。

「ねえねえ!安室さん、そのお姉さん誰?彼女?」
「そうですよ」
「いや違いますけど」

任務が終わり、たまたまバーボンと歩いてたところをたまたま3人の少年探偵団に見つかった。そしてたまたま江戸川コナンはいなかった。だからだろうか、何故か恋話になった。どうやら安室と少年探偵団は面識があるらしい。いつの間に。


「えー?違うの?」
「お似合いですよ二人とも」
「ありがとうございます」
「いや…」

最近少年探偵団とよく接触する。それは専ら江戸川コナンが黒の組織を追っているからだろう。今が原作で言うどのあたりなのかいまいち分からないが見た目は子供頭脳は大人な小学生は恐ろしいほど鋭く、どうやら私と安室を組織の人間だと疑っているらしい。あれ、おかしいな、バーボンはともかく私は組織らしい振る舞いを彼らの前でしたことはないのに。
ついでに本当の小学生3人は安室透を格好よくて優しいお兄さんと思っているらしい。なんとまあ恐ろしいことだ。あの笑顔が、とてつもなく、苛つく!

と横にいる笑顔の彼を見れば、

「何を照れているのです?」


こいつ本当に一回殴っていいだろうか。


「照れてねーよ」
「ねえねえお姉さん、名前は?」
「海吏です」
「海吏さんね!ってことは、海吏お姉ちゃんは将来、安室海吏になるの?」
「へ?」


思わず素っ頓狂な声が出た。

「だって、安室さんや海吏さんくらいの歳になると結婚を考え始めるんでしょ?」
「彼女じゃないってことは、つまり、将来を約束したパートナーってことですね?」
「あ?なんだ?そうなのか?なんだよー早く言えよ」
「すみませんね、彼女は極度の恥ずかしがり屋でして」
「…」


もう何を言っても無駄な気がしたので沈黙を決め込むことにした。


それから数時間後。

「誤解された、完璧に、誤解された」
「いいじゃないですか」
「よくない」


完全に「結婚を考える恋人同士」と誤解された私はこの上ないほどに不機嫌であった。なんでこんな奴と。だいたい私はFBIで奴は公安である。それを無理矢理自分の領域に入れようとしつこく迫ってくるある意味でストーカーチックなことをしでかしている奴と何が良くて恋人にならなければいけないのだ。意味が分からない。

「なら既成事実にしましょうか」
「恋人?結婚?冗談はよせ」
「冗談とは手厳しい。僕はこう見えてもは有り余るほどの中から選べますよ?」


顔よし、(対外的)性格よし、運動よし、頭脳よし、経済力よし、(対外的)女性の扱いもよし、声よし。容姿端麗とはまさにこの男のことを言うのかもしれない。確かに、安室透、いや、降谷零は完璧だった。ただでさえ整った顔立ち、紳士的な振る舞い、優しい声の三大武器を持つ彼が、ふと笑顔を振りまけば女性は頬を赤く染める。そしてコロッといくのだ。「素敵」「かっこいい」などと理解不能なことを呟いて。

まったくもって私には意味が分からないのだが。


「そうでしょうね、私に構わず将来の相手だかをさっさと選んでください。そして私の前から消えてください」
「冷たいなあ」
「お前がしつこいんだよ!」
「…一ついいですか」
「何」

めんどくせえんだよお前は、と呆れた目を向けるが、予想に反して安室透は真面目な眼をこちらに向けていた。纏う雰囲気がいつもと少し違う。緊張にもにた感覚が、私を襲う。なんだ、なんだんだこの男は。そんなに私のペースを乱したいのか。


「僕は好きでもない女性にここまで迫らない」


え?

いまなんて?