「何故です?」


あの後、私が酷く冷めた声で安室透を突き放した時、彼は一瞬驚いたように目を見開いたが、直ぐに探るような鋭い視線を射してきた。
何故です、とそう言った彼の瞳は真っ直ぐに私を見ていた。「好きにならないで」なんて、受け入れられない訳があるような言い方ですねと、じりじり距離を詰めてくるものだから警告音が脳内で鳴り響く。


「ありがとう、ごめんなさい…そういった返事なら分かりますよ。けれど、貴方の返事は真意が読めない」


気付けば後ろは壁だった。逃げ道を塞ぐように近付く安室透は、何というか、複雑な表情をしていた。怒っているような、哀しんでいるとうな、不貞腐れているような、悔しがっているような、一言では言えないその顔が私を揺るがしにかかる。


「諦めませんよ僕は…」
「…何で」
「貴方が、初めてだからですよ。何をしていても頭からまるで消えない…僕をここまで狂わせた責任、取ってください」
「そんなの星の数多ほどいる女性に頼んでよ。相手には困らないで「僕は無数にある星には興味ない。欲しいのは、月です」


なんだその詩人みたいな台詞、といつもの調子なら突っ込んだだろうがそれは叶わなかった。何故なら、私にも、何が起きたのか、分からなかったからだ。


息が、出来ないのは、何故だろう。
目の前に、映るのは、誰の、睫毛だろう。


「惚れさせてあげますよ」


彼の唇がゆっくりと、離れた。