嘘だ。嘘だ嘘だ!誰か嘘だと言え!ああああ!あれは事故だ、そう、事故だ!だから意識するな、思い出すな、考えるな。


「…ほ、…惚れさ、せ………っ」


無理だ。やっぱり無理だった。
安室透の唇の感覚、綺麗な睫毛、あの時の艶めかしい声、獲物を狙うような瞳、その全てが焼き付いて離れない。

顔が熱い。なのに、絶望の淵にいるような虚無感がある。そりゃあ、誰だって、あんな顔よし声よしの人に惚れさせる宣言をされ、唇を奪われたら、赤くもなるだろう、意識しない方が無理だ。けれど、本来の自分はこの世界の者ではない。


理由なく突然飛ばされ、諦めたように好き勝手生きて、幾つもの型破りで縦横無尽に突っ走り、自由奔放に生きてきたが、それでも本来の世界にいたはずの本来の自分と決別ができない。


別に、安室透は嫌いではない。好きかは分からない。ただ、ペースを乱されるというか、調子が狂う。

しかし、だ。

安室透が好きになったのはこの世界の私であって、本来の私ではない。となれば、想いを受け入れたとしたら別人として生きろというのか?

「…はあ、」
「やれやれ、浮かない顔をしている」
「赤、…沖矢さん。ちょっと聞いていいですか」


そういや別人として生きてる人が身近にいたじゃないか。


「別人として生きるってどんな感じですか」
「……な、そうだ。ボウヤ」


え?


「別に、変わらねえよ。何も」


急に目の前に現れたのは江戸川コナン。いや、工藤新一。こうして面と向かって話すのは初めてのような気がする。
いや、そうじゃなくてだな。なんだろうこの展開?どこから突っ込めばいいのかな?え?どういうこと?


「最初は奴らの仲間だと思ったが、バーボンがゼロ、オメェも赤井さんと同じってなりゃ敵には回したくねえ。しかもオメェも俺の正体に勘付いていたらしいしな」


え、いや確かに正体は最初から知ってましたけど。というかトロピカルランドの事件も知ってますけど。アポトキシン4869も知ってますけど。

「…オメェが何に悩んでるのか知らねえが、変わんねえよ何も。名前が変わろうが容姿が変わろうが居場所が変わろうが見える世界が変わろうが、大事なモンは何一つ変わっちゃいねえ」


だよね、昴さん?と声をそのままに意地悪く表情を変える江戸川コナンに沖矢さんは満足そうに頷いた。


「ありがとうコナン君、いや、…工藤新一君」
「どういたしまして」

一応礼は言う。確かに工藤君の意見も一利ある。心が変わらない限り大事なものなんて何一つ変わっちゃいないというのは間違いではない。

だが

トリップという、異世界に飛んだという事実は、変わらない。君達が、漫画の中の人物であり、私が、漫画の外の人物であったことには、変わりない。

この事情を無視して恋愛できるほど、私は器用ではない。


「でも、やっぱり無理だって…」

帰宅途中、そっと呟いた嘆きは誰にも聞かれることなく夜空に消えていった。