「どういうことです?」

やってしまった。
言ってはいけなかったことを、トリップに繋がるようなことを、言ってしまった。

「海吏、君は、何を背負っている?」

途端に、安室透は目つきが変わった。何かを探るように、疑うように瞳が細められる。初めて、怖いと思った。まるで「組織の一員、バーボン」の顔だ。

「…何者なんだ」

問い詰めるように迫る彼の目から逃れられない。


「まさか、君は本当は組織の人間で、逆にFBIに潜入していたというのか」

話があらぬ方向にいってしまった。このままだと誤解されてしまう。それは御免だ。だが彼の顔が警戒の表情に変わっていく。


なら、全てを言うしかない。覚悟を決めなければ。


「そういう次元じゃない」
「え?」
「全てを話すから、真実を知った後で考えてほしい」

一呼吸する。一度閉じた目をゆっくりと開き、覚悟を決めた。


「名探偵コナン、これが君達の世界が描かれている漫画」


私は違う世界の人間であること。
元の世界には探偵の漫画があったこと。
その漫画の登場人物が君達であること。
私がその漫画世界にトリップしたこと。
予備知識を持ち展開を知っていたこと。

「これが全て。つまり私は漫画の外にいた人間、安室さんは漫画の中の人間」


………どう?凄いでしょ、笑えるでしょ、トリップなんてそんな馬鹿な話、ありえないでしょ、気付いたら幼稚園児からやり直し、世界も違う、友達も家族もみんな消えて、私は一人飛ばされたなんて、冗談にも程があるって話だよ。


「ほんと、やってられない…」

気付けば声が震え、涙が一粒流れ落ちた。

あれ、おかしい。止まらない、涙が溢れそうだ、何で。何で。手が震え、声が震え、呼吸がままならない。それでも人前で泣くわけにはいかない。この男の前では尚更だ。ぐ、と唇を噛みしめる。

「…っ」


今まで溜め込んでいたものが、急激に外に流れだしそうになり目が熱い。人生謳歌するなんて掲げて好き勝手生きてたのは、辛さから目を反らすためだったのかもしれない。後ろを顧みず我武者羅に歩んできたのは、空元気だったのかもしれない。


初めて声に出して、初めて他人に伝えて、我慢していたものが崩れたらしい。やめてくれ、この男の前で泣きたくないし、まるで自分は悲劇のヒロインとでもいうような、泣いて助けを求めるような真似、したくない…!

「ごめん…忘れていいよ」
「…」
「急にこんなこと言われても困るよね。このことは忘れて」

自然と溢れた言葉は自嘲的だった。

「全て忘れて笑ってくれればそれでいいから」


安室に背を向ける。目尻に溜った涙が零れそうだった。だが泣き顔はこれ以上見せたくない。

そのまま去ろうと足を前に出した。


「…聞いてくれて、ありが「泣けよ」


急に身体が回転し、誰かの胸元に顔が埋まる。誰か、なんて、安室透しかいないのだが。いつもの優しさとはまるで雰囲気が違い、低い声に強引だった。


「我慢するな、胸くらい貸せる」

ぐ、と頭を後ろから押さえつけられる。
抱き締められる温もりを感じ、涙が頬を伝う。


「泣きやむまでこうしててやるから」

人前で愛想を振り撒き物腰柔らかに笑顔で対応する安室透はもはやここにはいなかった。だが不思議と、今の彼の方が落ち着ける。

ーーー

「ありがとう、」

涙が落ち着いた私は彼とは目を合わせずに礼を言う。正直、気恥かしい。大人が、大人の胸を借りて泣くなんて……しかもよりによって安室透……!
今更ながら羞恥心に襲われる。ちらりと盗み見ると思いきり目が合った。

「先程の、全て忘れて笑えという話だが……無理な相談だ」

そして彼はきっぱりと言い切った。


「僕は、好きな人の葛藤を忘れたふりをして笑って見過ごすなんて器用なことは、出来ない」


え、と思った時には再び抱き締められていた。だが今回は顎を上に上げられ、嫌でも目が合う状態だ。
彼の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。

「言っただろう、諦めないと」
「で、でも、私はこの世界の、」
「関係ない」


強引に壁に押さえつけられる。名前を呼ぶ隙もなく、息を吸う暇もなく、熱い瞳に捕らえられ、唇が塞がれた。