「容態は」
「…昏睡状態です」


とある病院。赤井秀一は集中治療室にいる自分の後輩を見ていた。

自分と同じ来葉峠、その崖下で頭を撃たれ倒れている女性がいると通報があったのは夜中のことだった。誰が通報したのかも分からないらしい。通報された電子端末を調べても既に逆探知ができないらしく、デジタル信号も特定できないらしい。「女性が、頭を撃たれ、倒れている」とただシンプルに事だけ伝えた後、まるでいきなり電波が悪くなったように繋がらなくなったというのだから不思議である。


目の前で目を閉じている彼女の頭には包帯が巻かれている。口には酸素マスクがつけられていた。

医師が部屋から出ていった後で彼はじっと目を瞑る彼女を見つめる。力なく開かれている手に触れるも、当然のごとく反応はない。


「…即死でないのが不思議らしい」
「…」
「…そこまで生命力があるのなら、目を覚ませ」

願うように呟かれたそれは誰にも届くことなく消えていった。

―――

事件当日深夜。


「来葉峠?」

女性が撃たれたらしい。しかも身元証明に繋がるものが一切ない。誰が通報したかもわからない。犯人の証拠もなく、被害者が誰かも分からない。だが、場所が来葉峠。それだけで嫌な予感がした。

それに加え如月海吏の情報が削除されたことについて何か知らないかとジョディからボウヤに連絡があったらしい。そこからボウヤが俺の所に血相を変えてやって来るのは時間の問題だった。


ーーー

「お前が死んだら悲しむのはFBIだけではない」

現に、ボウヤのもとには安室透から連絡が入ったらしい。焦りを隠しもせず、乱暴な口調で搬送先を聞いてきたらしいがボウヤは答えなかったらしい。仮にも組織に侵入中の人間には悪いが教えられないと。

そこで電話は切られた。が、この病院を突き止められるかは難しいところだろう。確かに来葉峠付近の病院で夜間救急搬送があった場所で絞り込めばすぐだ。

だが、それは搬送先、までの話だ。


なにせ俺もこいつも今、アメリカにいるのだから。

「安室透…悪いが彼女は渡せない」

日本では、このままではもう生きられないだろう。彼女を撃ったのは組織の人間だろうし、死体が残らなかったのならジンは見逃さない。日本の病院に匿われても奴等が見つけ出すだろうし、第一安室透が血眼になって探すだろう。だが、彼女は今、誰にも見つかってはならない。日本は如月海吏にとって危険すぎる。


だから搬送後、一命を取り留めた今朝方には医療用の救急ヘリで出国させた。向かうはFBI本部の医療施設。病院関係者には職業柄行き先を伏せてあるが、そもそも緊急搬送とこの事件を知るものはそういない。数えて深夜番と手術に関わった医師看護師数名だ。


FBI本部に戻った時も、あまり騒ぎにならぬように裏でジェイムズさんに手を回してもらったおかげか、すんなりと治療室に入れた。

無論、FBI関係者しか入れないこの施設に沖矢昴に姿で入るわけにもいかず、赤井秀一の姿のまま、今に至る。集中治療室には俺と、主治医と、数人の看護師と、昏睡状態の後輩だけがいる。ずっとこいつの傍を離れない俺に看護師は声をかけるが、大丈夫だと言い張る。


それが、3週間続いた。


「……おい」

いつまで、寝ているんだ、俺の後輩は。
体温はあるのに、まるで動かない彼女は、今日も目を覚まさない。

「目を開けろ……、開けるんだ、海吏…」