ここは、どこだろう。

周りが白で覆い尽くされるこの場所で、私は一人立っていた。方向感覚も平行感覚すら無くしそうなこの空間で、私は行く宛もなくただふらふらと歩いている。

何故ここにいるのか、今までどこにいたのか、何も思い出せない。自分の名前しか、覚えていない。そんな時にふと見えたのは、知っているような知らないような懐かしいような風景だった。


「今週のコナン見た!?」
「見た!赤井さんが……死んだなんて信じない!」

「私思うんだけどバーボンってあの人じゃね?」
「安室さん!それ思った!」

「沖矢さんってさ、もしかして、」
「もしかしなくても赤井さん…だよね?」

「ゼロって、まさか」
「嘘…バーボンって、安室さんって、公安だったの!?」


『屋根を開けろ……開けるんだ、キャメル…』

あの人が帰還した瞬間、私はあまりの嬉しさに叫んだっけ。赤井しゃあああああん!なんて、どっかの捜査官と同じように叫び、机を叩きながら興奮していた気がする。傍から見れば変人である。だがそんなのはどうでも良かった。死んだと思っていた、死んだとされていた人間が、しかも、あの、赤井さんが帰ってきたなんて、もう、そんなのは奇跡で、歓声を上げずにはいられなかったのだ。


―――けろ、…るんだ、−−−


今、何かが聞こえた気がした。
途端に物凄い頭痛に襲われる。次に見えたのは、安室さんだった。

「貴方の運転技術はFBIにしておくには惜しい。どうです?僕と共に来ませんか」

「貴方を公安にスカウトするため僕の貴重な時間をわざわざ割いているのです。感謝してほしいくらいですね」

「貴方はまたアメリカなんて行って僕に対する挑発ですか挑発ですね」

「君が撃たれたのだと悟った時、僕はらしくもなく動揺して、携帯を落としたんだ」

「僕は好きでもない女性にここまで迫らない」

「我慢するな、胸くらい貸せる」

「全てを知っても僕の気持ちは変わらない。どこの世界にいたって僕は君に恋をするだろう」

「これ以上、僕を惚れさせないでくれ」

「もう遠慮はしない」


次々と聞こえてくる言葉が児玉する。全て、聞いたことがあるような、気がする。誰に言われたのだろう?そうか、今見えているのは安室透だから、きっと彼に言われて…あれ?そうしたら私はコナンの世界にトリップしていたということ?

今度は頭痛に加え、妙な息苦しさを感じた。何だろう、この感覚は。遠い記憶の中で呼び覚まされるように見えたのは、とある日の、車の中での出来事だった。


「絶対にありえないと思っていた。けれど貴方は私の心に入ってきた。異世界という壁をものともせず、貴方は私を受け止めた。…狡いです。好きに、なってしまったじゃないですか」

そう言った私に彼はこう言ったのだ。


「…っ、狡いのは、お前だろ…!」

そうだ、私は確かトリップしたこの世界で一人の人間を好きになった。漫画の中での彼ではなく、同じ時を生きる一人の男性として、私は、私を受け入れてくれた彼を選んだのだ。


それに、私はFBIになり、あの赤井さんの後輩になっていたはずだ。我武者羅に突っ走ってきた私を一人の部下として面倒を見て、かつ世話を焼いてくれたのは、紛れもなく、あの、赤井秀一だった。ふと思い出されたのはアメリカの病院での会話。


「あまり、無茶をするな」
「え」
「…死んでもらっては困る」

そうだ、死ぬわけにはいかない。


早く、この暗闇から抜け出さねば。

『目を開けろ……、開けるんだ、海吏』


今度こそ、はっきりと聞こえた。