「…もう朝か」
「そうですよ、おはようございます」
「ああ、おは………………」
もう朝ですよおはようございます、なんて普段通りを装い挨拶してみれば赤井さんはこれでもかというほどに目を開けた後、瞬きもせずに私を見て固まっている。この表情、レアだ。激レアだ。じゃなくて、
「赤井さん…そんなに驚かなくても」
私がジト目を向ければ我に返った赤井さんは身を乗り出してきた。お?お?これは生きていて良かった、なんて優しい言葉をかけてくれ「…遅い」は?
いや…遅いって何!?
「いつまで眠りこけているのかと思ったぞ」
いつもと変わらぬ冷たい瞳を向けてくるなんて鬼だ。鬼上司だ。なんて冷酷なの赤井さん!
「生きているのならさっさと目を覚ませ」
「…」
「何だその顔は」
「いや…」
「俺の公務が遅れたじゃないか」
いや待って、酷すぎじゃないか。頭を撃たれ、意識不明、昏睡状態、生死を彷徨っていた私にかけた言葉が安否に関することじゃなくて文句って何なんですか赤井さん!はいはいスミマセンデシタ、と赤井さんに背くように横を向く。
すると、少し乱暴に肩の上に手を置かれた。
「…信じていたさ、お前を」
聞き間違いか幻聴か。先程までの冷酷上司とは打って変わったその言葉と雰囲気に思わず「え?」と声を上げてしまった。
「…お前が死ぬはずないと」
「赤井さん…」
「上司を残して先に逝く部下なんて、許可した覚えはないんでね」
少し意地悪く言われたその言葉や、置かれた手が暖かくて、思わず涙腺が緩む。ああ、私は生きている。死んではいない、この世界で必要とされ、生かされているのだと実感した。
「事態の詳細や復帰については後日話そう。今は心を休めろ」
顔を見せず背中向け、去っていった赤井さんがどんな表情をしていたのかは分からない。だが私はこれからもその背中を追い、FBIとしてあの人と共に闘いたいと、強く思った。
ーーー
「世間的に俺とお前は死んでいる」
数日後、集中治療室から移った私は病室で赤井さんと作戦会議を開いていた。
「俺は言わずもがな。お前はキャンティに脳天を打ち抜かれ搬送されたがそのまま死亡ということになっている」
「なら今、私がここにいると知る人物は?」
「俺と、ボウヤと、ジェイムズさんくらいか」
「…安室さんは」
気になっていたことを聞いてみた。彼は、バーボンこと安室透…降谷さんはどこまで知っているのか。だが彼の名を出した瞬間、赤井さんは目を瞑り首を振った。
「知らないさ、教えるつもりもない」
「…どこまで調べてきますかね」
「まあ、俺の死と同様に…お前の死も疑っているそうだ。公安でも引き連れて強行手段にも出かねん」
現に日本では公安が大騒ぎだ、と赤井さんは携帯を見ながら言った。
「…赤井さん。一つ提案があります」
緋色の帰還
確か、そんな名前だった。
公安は、いや、更に言えば安室さんは赤井さんを捕まえ組織に差し出そうとしている。一方で私をFBIから公安に引き摺り込もうとしている。だから今回の事件も彼は異様なほどに熱心に私を探すだろう。これは自意識過剰ではない。彼と私は恋人同士でもあるのだから。
ただ、安室さんが赤井さんを仕留めようとしていることには賛同できない。それがいくら、私を受け入れてくれた人でっても、私が好きになった人でもだ。赤井さんは私の命の恩人であり、尊敬できる上司である。安室さんと赤井さんを天秤にかけるなんて無粋なことはできないし、そんなのは意味がない。
だからこそ、赤井さんを手にかけるなど、例え安室さんであっても許さない。
それに、共通の敵が存在しているはずだ、目先の事に囚われすぎていると、その先にある敵を見失うことになる。それでは本末転倒だ。
FBIとしての私は、この人の、赤井さんの背中を追い、そして、共に走りたいのだ。
「私はこのヤマを降りるつもりもないし、赤井さんの部下を辞める気もない。だから、
貴方が赤井秀一だと完全復活を遂げる時、私も再復帰します。如月海吏は、生きていたと」