男が男に変装するのは難しくない。女が男に変装する分には方法がある。だが男が女に変装するのは容易くない。特に身長もある男が小柄の女に化けるのは至難の技だ。

そういうわけで安室透は赤井秀一の時のように本人に変装をして周りの人間の反応を見る、という手段が如月海吏には使えなかった。

だから彼女の関係者に直接揺さぶりをかける他方法がない。ドイツ系アメリカ人だかの捜査官に変装してジョディに聞けば「あの子はもう…!その名を出さないで!」と逆切れされ、江戸川コナンに至っては「如月さんはもう、ここにはいない」と読み取れない表情で言われた。

だが、納得がいかない。
あいつが、死ぬなんて認められない。

「アタイが殺したよ!」

キャンティに問えば笑いながらそう言われ思わず手が出た。何をそんなに必死になっている、とジンに問われれば黙り込むしかなく。ウォッカに至ってはその程度の女だったんですよと卑下するものだから顔が歪むのが抑えられなかった。

生きているはずだ、たとえ周りが死んだと言っても、そんなことは受け入れられない。考えるのは常に彼女のことだ。おかげで眠れやしない。


「…」

それに、彼女が撃たれ消息不明になった同じタイミングで沖矢昴が姿を消している。

「…やはり赤井秀一か」

楠田陸道の拳銃自殺、死体すり替えトリック、指紋。それらを総合的に見て赤井秀一は生きていると疑念はあったが、それが確信に変わった。


赤井秀一は生きている。そして彼こそが、如月海吏の居場所を知っている。ジョディが取り乱したのは、仲間をも騙しているから。江戸川コナンがここにはいないと言ったのは、ここ日本にはいないということ。だとしたら恐らくFBIの彼女はFBIの赤井秀一と、アメリカにいる。


「また、アメリカですか…」

本当に、彼女は僕を妬かせる天才だと思う。そして、赤井秀一をここまで憎らしく思ったのも初めてだった。


赤井秀一。その身柄を引き渡し、自分の地位を上げ組織内で出世しようと企んでいた。全ては同じ公安だった仲間の仇を取るために。だが、その赤井秀一は自分の恋人の上司であり、ひょっとしたら今回の事件に関して彼女、如月海吏の命の恩人かもしれない。それが、気が狂いそうなほど、悔しかった。


「……赤井、」

全てにおいて気に食わない。今会ったら確実に殴りかかるだろう。それほどまでに憎く、そして羨ましかった。

「海吏…」

貴方が消えてから一ヶ月近く経ったというのに、まるで生きている痕跡がないなんて、一体どういうつもりなのか。狙撃されたのは間違いないし、頭を撃たれたのなら重症のはずだ。もしかしたら今も意識不明のままなのかもしれない。

震える拳が抑えられない。早く僕のもとへ帰ってきてください、という声すら届かないのが、こんなにも苦しいなんて知らなかった。アメリカの事件の比ではない。息を吸う胸が痛い。見える世界が暗い。

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そして如月海吏が死亡という名の消息不明のまま、数ヶ月が経った。

当の本人は、アメリカで順調すぎるほどに回復していた。驚異的なその回復力で赤井秀一も呆れるほどに元気になった彼女は、数ヶ月前の昏睡状態が嘘のようだった。「完璧だ」とドリフトを決めて真顔で頷く彼女に赤井秀一は小さく笑う。


「腕は鈍ってないようだな」
「当然です」