ソファに座る安室さんと、反対側のソファに座る私。

「…」

気まずい。
実に、気まずい。


これほどまでに気まずいと思ったのは初めてだ。帰りたい。今すぐ帰りたい。どこにって、どこでもいい。この安室さんの鋭すぎる視線が突き刺さらないところならどこでもいい!


「あの…」
「…」
「え、っと」
「…海吏」
「は、はいっ…」

その何とも言えぬ雰囲気に声が裏返る。どうしよう怖い。携帯で安室さんと話した時は全然平気だったのが嘘のように顔が強張る。

「……聞きたいこと、言いたいことは沢山ありますが。まずは連絡くらいください」
「…はい、すみませんでした」


逆らえない。これは素直に謝っておくが吉だろう。組織の関係とか、FBIの関係とか、赤井さんとの作戦の都合上、連絡できませんでした、なんて言えない。間違っても言えない。


「で、誰に撃たれ、どこにいたのです?」

察しはつきますが、と安室さんは脚を組みかえる。あああ怖い…!怖すぎる!


「キャンティに撃たれてアメリカのFBIの医療機関に…」
「でしょうね。で、十分に休養して帰国し、公安の車で暴れた、と」
「おっしゃる通りで…」


会話が続かない。なんと反応すれば良いのか分からない。ただ安室さんの言葉に頷き答えるしかできない。彼の表情も何だか読み取れなかった。


「僕が、どれだけ心配したか、貴方には分からないでしょうね」
「…」
「貴方のおかげで過度な寝不足ですよ」
「すみません」
「まあ、赤井もでしょうけど」


だが、皮肉を言うように言葉を続けた安室さんの表情が、どこか寂し気で、それでいて悔やんでいるように見えた。安室さんがが悔やむことなんて何一つないのに、だ。寧ろ私は感謝している。


「安室さん」
「何です」
「私が目を覚ました時、横にいたのは赤井さんです」
「でしょうね」
「…ですが、昏睡状態の時、暗闇の中で児玉するように聞こえた声は貴方のものでした」


そう言えば安室さんは少し表情を変えた。その瞳が揺れている。


「暗闇の中ではこの世界に飛ばされる前の記憶もありました、でも私を受け入れてくれた人を残して逝くわけにはいきませんから」
「海吏、」
「だから目を開けました。私のいるべき場所へ戻るために」


安室さんの目を見てはっきりとそう伝えた。


「安室さん、暗闇から二度も私を助けてくれて、ありがとうございます」
「…」
「私はFBIで安室さんは公安です。同じ世界を見ることはできません」
「…っ、」
「けれど、できる限り安室さんの見ている世界を一緒に見たい。私はこの世界で貴方と生きていきたい…と、思いました」
「海吏、」
「烏滸がましくてすみません。こんな私ですが、傍にいることを、まだ、許してくれますか」


安室さんは徐ろに立ち上がり目の前まで来る。かと思えば片膝を床につき私の指をとった。その薬指にそっと口付ける安室さんはまるで、どこかの王子のようで時が止まったように感じた。これで姫が私でなければきっと素敵な絵のようだったに違いない。「…あの、なんか……すみません…」なんて気付けば口から出ていて。それに対し、安室さんは怒ったように私を見た。


「それは、やっぱり傍にはいれないということです?」
「いや、そうではなく、」
「なら自分を卑下してるのですね?」
「…」


目を反らさざるを得ない。図星だった。だがそれすらも分かっていたのか安室さんは困ったように笑っている。

「なら僕から言いましょう。海吏、」
「は、はいっ」
「僕と共に生きてください」
「へ…?」
「分かってください。単刀直入に言うと、僕は貴方が欲しい」


今度は、本気ですよ。と付け足す安室さんはグイ、と私を引っ張た。そのせいで当然私はソファから落ちる。それを狙っていたのか安室さんは私を柔らかく抱きしめた。


「あ、あの…えっと、」
「FBIと公安を親に持つ子、なんて将来が楽しみですね」
「……!」


そんな優しい笑顔でそんな恥ずかしいことをサラッと言うなんて、やはりこの人は狡いと思う。