季節が変わり息が白くなった頃のとある朝。
あれから私は表面上、沖矢昴の妹ということになっている。だから名乗るときは「沖矢海吏」である。それを言った時の安室さんの顔は見たことないくらいに恐ろしかった。笑っているのに目がブリザード的なやつだった。あの顔で「赤井と同じ苗字ですか……へぇ……」なんて言われたから死ぬほど震えた。
「で、いつになったら貴方は降谷になるのです?」
唐突にそう言われ振りむけばアルバムを見ている安室さんがいた。なんでもハワイで挙式した同僚がいるとかいないとか。日本が真冬なら向こうは真夏だ、アルバムには純白ドレスの花嫁さんと美しい海辺が写っている。
「……いつって言われても」
分かりませんよそんなの。と真顔で返せば舌打ちをされた。どうやら不機嫌のようだ。
「この純白のドレス、憧れは?」
「ないです。それよりも私は防弾ジャケットを着たい」
「……色気の欠片もないですね」
沖矢さん、もとい赤井さんと組織を追う日々。組織の人間は赤井秀一も私も死んだと判断しているようだがいつどこで撃たれるか分からない命だ。用心するに越したことはない。顔を変えてはいるが安室さんの要望と私の気分で自宅や彼の家ではそのマスクを取っている。よってそこを見つかれば即刻撃たれるだろう……防弾チョッキ欲しい…!
「お互いに忙しい身ですし、状況が状況ですからね。式をあげるとか婚姻届けを出すとか、そういうことはしませんが」
「…何ですか?」
「これを、貴方に」
ストーブの前で温まっている私の左手を掴んだかと思えば薬指に何かが光った。あれ、サイズ知ってたんだ、なんて呑気に思って。次に思ったのは、これ銃が撃ちにくいんじゃ…という心配で。鼓動が早くなるのに気付かないフリをしたのに。
「わっ…」
安室さんはじゃれ合うように私を抱きしめると床に組み敷いた。意地悪く笑うその表情に目が逸らせない。
「今はこれだけですが、事を成し遂げたら着てもらいますから」
「安室さ、「零」
唇を人差し指で抑えられる。目が、艶めかしい色に変わった。つつ、と首から鎖骨にかけてなぞるように触れられれば震える身体。彼が自身の着ている白いシャツのボタンをとり首から胸元が開ける。あの……目のやり場に困るのですが。
「え?」
「…二人の時は零って呼んでください。でないと、ペナルティです、こんな風に」
手つきが怪しくなる。これは、まずい。こんな朝から何考えてるんだこの人…!危険だ、逃げなくては。逃げるが吉だ。というわけで、
「あああああ!!」
「な、何です…」
「そういや今日予定があったんだった!ええと、ジョディさんと確か、」
「…見え透いた嘘を……まあいいです。騙されてあげます、今回は」
パッと手を離した安室さんは今一度私の目を見て名前を呼んだ。呼ばれるとどうにも緊張するのは未だ直らないらしい。開けたシャツを直すと立ち上がり、先程のアルバムを片手に持つと軽く振った。
その瞳が真剣な色を帯びる。
それに吸い込まれそうになる錯覚に襲われる。
「FBIだろうが何だろうが、貴方の居場所は僕の隣だ。この先どうなるのかは分からないし、海吏の過去の世界の漫画でも、この先の記述はないだろう」
腕を引っ張られ、なるがままに私も立つ。
「だからここからは、僕達で、僕達の続きを、紡いでいこう」
「あ…」
「…で、返事は?」
そんなの決まっている。それを敢えて言わせようとしているのかきちんと私の答えが知りたいのかはたまた両方なのか。彼はただじっと私を見ている。
「…零さん」
「…」
「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
来たる未来に想いを馳せてーーー