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そっと布団の上から心臓あたりをなでられて、甚爾はゆっくり目を開ける。暗がりにひっそりいるのに、行動は大胆な奴のことは部屋に入ってくる前から闇だろうと気配で気づいていたため、驚くことはない。はずだった。
「は?」
「ぁ?あれ゛っ起きでんじゃん゛っおはよ」
「は???」
涙を滝のように流したぐちゃぐちゃの顔など、誰が予想をつけようか。驚き過ぎたのか、体が一瞬固まり反応が遅れる。
緩んだ瞳から止まらない涙。真っ赤になっている目元。鼻声が酷過ぎてほぼダミ声の域。カーテンから差す光はないため夜中だろう。冷えた空気が充満した部屋は礙之からあーだこーだ言われる寒さになっている。服装がバイトのそれではなく寝巻きに使用しているジャージなのでまだ朝に近い時間ではないらしかった。
この目前で泣く男、普段わんわん泣くタイプではない。甚爾の記憶のなかでは馬鹿みたいに笑っている姿が大体をしめているし、泣いていてもこんなに大粒の涙を流す奴ではなかった。そして泣かせているときも彼の感情が昂って無意識のうちに出てきた、とかそんなものばかりだ。はしゃいでうるさくある姿じゃないところ。たくさんの表情を見れるのはむず痒く嬉しいが、こんなものが欲しいわけじゃない。
ぐずぐす鼻をならしてしている奴は布団をばっとめくり縋るようにこちらの体に倒れ込んできて、ゆっくり、警戒する小動物みたいにゆっくりと、そしてそっと耳が胸にあてる。音を拾うために自らのぐずりを必死に押し殺すように唇を噛むので、痛々しい。布団を剥がれた寒さと胸元が涙で濡れた冷たさに眉をひそめ、泣いているため身体が熱っているらしくそれの温さに背を撫でてやれば、詰まりに詰まった声が甚爾のもとにポロポロおちてくる。
「あ゛んな、心臓ゔごいてる゛が、がぐにん゛にぎだ」
「は?」
さっきから口を開けば「は?」しか出てこない体にイライラしつつ、続きを諭すように背を軽くたたく。
「わがん゛な゛いっな゛んかっ、なげでぎでぇ゛んんんんっ」
あまりにも泣くので甚爾は自らのシャツで涙を拭いてやりながら、拭くことで途切れる涙にいつもよりぐずぐずの顔が見えてしまい目眩がしそうだ。くらりと揺れたなにかを無理矢理押さえつけながら、更に背をなでてやる。
「おぎだら゛とーじざんのしんぞゔを、はん゛んを゛」
心臓?なにがだ?傷などない身体を知らないわけではないだろうに。
わからなくて「は?」ともう一度言う前にまた奴はぶわっと涙を更にあふれさせる。
「がぐにんしなぐぢゃっでぇぇぇ」
「はー?なんなんだよ…」
「わがん゛な゛い゛っ」
泣きやめ、泣きやめと願うように思いながら背を撫でて、たまに頭も撫でてやる。動いている心臓と存在している命、身体の温もりに安心したのか、涙が止まってきているらしくぐずるような音が小さくなるのもわかるが、まだまだだ。
とと、っと小さな足音が開きっぱなしの戸から聞こえ、部屋の前で止まり入ることを躊躇った子供2人になんて説明すればいいのか、とよぎったがぐずる男は気づかないようだ。
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「昨日は大丈夫だった?」
「ヴボッッッ」
きいちゃうんだ、と恵は思いながらスープを飲む。津美紀の心配した問いと顔に礙之は吹き出したサラダを拭いてから眉を下げた。
「ア、ウン…………ははっ、悪夢をみてパニクってただけだし、大丈夫」
まだ日も昇らない時間に、大きな足音を立てて甚爾の部屋に入って行った彼は恵と津美紀が自室にこもっていてもわかるほど大泣きをしていた。
普段からニコニコしてへらへらして、泣いたとて声を上げるような人ではなく、寝ているであろう子供を起こすことはしないタイプの彼があれ程騒いだのだ。なにかあったんだ、と津美紀も恵も判断するのは当たり前で、そっと甚爾の部屋に近づいて息を殺して様子を伺っていた。結局、2人は中に入れず甚爾が人払いをしたためにどうなってそうなったのかはわからないが、心配を募らせながらとった睡眠は若干質が悪いのを感じている。
「てか、ごめんね。夜中にびっくりしたよね」
「ううん、全然大丈夫だよ。ね、恵」
津美紀は心配させまいと首を横に振り、恵も浅く頷いて同意を示す。苦くなった礙之の表情から2人が気遣っていることはバレているが、そこに切り込まず礙之はにこりとしてから礼を告げるだけに留める。
「大人でも悪夢をみることがあるの?」
津美紀の問いに礙之は少し悩んだように首を傾げてから、間を開け、ひとつ頷く。
「そりゃあるよ。悪夢の種類も色々あって、遅刻する〜とか大切なもの壊しちゃった〜とか、大人でもめちゃくちゃ見るね」
「そうなんだ」
「なくならないの」
ぽつりと落とされた恵の声にも礙之は首を縦に振る。
「大人だからなくなる、ってのはまぁ、ない…かなぁ?時間が癒してくれて見なくなるってのもあるけど、日常に不安は些細なものもたくさん溢れてるから全部無くなります!みたいなのは無いと思う。あ、俺はそう思うってだけで、甚爾さんとかはわかんないけど」
昨晩の暗い廊下がひんやりしていたことを恵は思い出しながら「人それぞれだね」と発言する礙之を見た。目の周りが赤いとかクマがあるとか、そういったものはなくいつも通りの姿に首筋がぞわりとして意味もなくパンにかぶりつく。スーパー最安値の6個入り1袋のロールパンはぱさついて口から水分を奪うが、無造作に塗られたマーガリンが口に広がって恵は嫌いではない。
黙々と朝食を平らげだした恵を横目に、津美紀と礙之がいつもと変わらないような世間話を続けだす。先程の話から詳しく聞き出したいが、津美紀も恵も彼の傷を広げたいわけではないのでそっと口を閉ざす。
「あ」
こぼれ落ちた声に視線をパンから外せば、眠気に負けそうな甚爾が恵の視界に入り込む。恵の中に昨晩のことを聞いてやろうかというむず痒さが擡げ、掻き消される。
いつもとちがう沈黙が流れそうになる前に津美紀がにこりと微笑んでみせた。
「おはようお父さん」
「おはよう……」
「おはよう甚爾さん」
甚爾は瞬きを繰り返してから「あぁ」だか「うぅ」だか返事をして定位置に腰掛ける。椅子が軋みで鳴いて、食卓に響く。
そっと恵と津美紀が礙之を窺い見ると、僅かに甚爾から視線をそらし、瞳をぐらぐらさせて唇をぎゅっと噛んでいたので「あっ」と声を上げそうになった。朝の挨拶の声は震えていなかったのに、と2人はなんとか抑え込んだが、もう少し幼ければ手を握ってやったり声をかけてみたりしただろう。恥ずかしさか苦しさかなにかが彼の心を乱すのか2人は予想ができないけれど、大荒れしているのはわかる。誤魔化すようにお茶を飲んでいるがコップの中はすでに空で津美紀が「あ、あぁっ」と耐えきれず声を漏らした。
大荒れの原因はパンに齧り付いて、礙之を見て、次に恵を見て、その次に津美紀を見て、また礙之を見る。空気がぴりついて、視線に揶揄いの色が見えた恵がぎゃっと声を上げる前にその男はにまりと笑ってみせた。
「添い寝でもしてやろうか?」
「イギィッッッッッッッ」
なにかが潰れたような声を出してひっくり返った礙之に悲鳴を上げた津美紀と声を上げて愉快に笑う甚爾。恵はそっと呆れながら落ちそうになった礙之のコップをキャッチした。
リクエスト:甚爾の死を見て泣く礙之と困惑する甚爾、夢オチ可
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