※妻持ち
久しく見なかった友人は手をなくしたようだった、惨い話だ。諸事情により軍人から数年離れて暮らしていた俺は、友人の情勢やらを何も知り得なかったためにそのことも今の軍事も知らなかったのだ。軍から離れていて、政府からの知人も着々と減ってきていたのが今年の秋だった。しかし、今更になって彼はこんな貧相な田舎町にある家に来たのだ。妻が俺の昔の友人だと知るや否やすっ飛ぶように茶菓子を用意して、ごゆっくりしていって下さいと顔色を伺いながら部屋を後にする。後で説明してやらないとまた一人で悶々と考えるのだろうと、少々弱っていた昔の妻を思い出す。
「今のは奥さんか?随分若いんだな」
「自慢の妻だよ。年は20も離れているがな」
「…それは、難儀な話だ」
片眉をあげて呆れた表情を作った彼から視線を逸らす。
「……結城、何用で家に来た。もう、俺は軍人にはなれないぞ」
話を無理矢理変えるように眉間にシワをよせ、少し声を小さくして口を動かす。戦争のくすぶるような小さな火種はそこかしこに出てきているのを知っている身として、軍人からは何年も前から足を洗った身としての意見だ。変える気はない。
「誘いに来たわけじゃない。お前が、AAAがいつの間にか軍を辞めていて、妻を持っているとやっと知ってな」
結城の苦笑いを久しぶりに見た。俺たちの関係は若い頃の訓練兵だった時にしか関わり合いがなかったが、随分と互いに性格があっていたのだ。今でもその名残で結城は会いに来たのだ、たぶん。あれ以来、戦地でも厚生施設でも会議でも出会わなかったというのに、おかしな話だ。妻の用意してくれた茶に苦い顔した初老の顔がうつる、グイッと飲んでしまう。
「しかし…まぁ、妻と言うには手も出していないようだが?相も変わらず不能か?」
「違うと知っていて、聞くのか」
「別に言わなくてもいい」
「悪いが言う気にはなれんな」
小さく笑った結城は相も変わらず性格がよろしくない、今は軍の上の方にいるから落ち着いてはいるようだが、これは昔から変わりそうにない事だ。若い頃に互いに馬鹿なことを話していたなと若い結城を思い出し、また顔が強張った。結城もほんの僅かに目が遠くを見ていた。
「随分、年をとった。軍を出てからは身体が弱る一方だ」
「病気は完治したか」
「どの病気だ?完治したのは何個かあるが、いまだ3個ほど病気持ちだ。もうすぐ目もやられるらしい」
「…そうか」
「お前も、気をつける事だ…。順番ってのは誰に回るかわからんからな」
死の順番だとは言えずに2人して口を閉ざした、結城は俺が長くないと知ってこんな田舎まで来たのだろう。そうじゃなければ、あの頃好きだと言っていた菓子を持ってくるなんてしないだろう。この男のことだ、きっとそうなんだろう。しかし、今の俺はその菓子を食べることさえできない人間だ。悲しいかな、時間は何もかもを奪っていく。
「……ひどい話だ」
「嗚呼、とても……」
秋は終わりを告げ冬がすぐ近くまで来ているというのに開け放った窓から、冷たい風が頬を叩く。
「…お前は不死身かなにかだと思っていたんだがな」
結城の声に苦笑いしてから、壁づたいに立ち上がる。余程ふらついていたのか結城の手が宙を掴んでは、下ろされてしまった。煮え切らないまま襖を開け、顔を外に出す。
「おぅい」
「あ、はぁい、なんですかAAAさん」
甲高い、まだあどけなさがのこる妻の声に結城もぴくりと反応したようだった。
「悪いんだが、夕飯をもう一人前追加願いたいんだかなぁ、いいだろうか」
「ええ、もちろんですよぉ。結城さんでしたかぁ?」
「ああ、そうなんだ、たのむよぉ」
はぁいと返事が返ってきたのを確認してから襖を閉める、ゆっくりふらつかないように振り返ると結城はいつの間にやら目の前に立っていた。知らないうちに身長が変わっているのは、当たり前か。結城は一瞬だけ口を曲げてから、ゆっくりと話し出す。
「夜には、昔の夢を見よう」
びっくりして目を丸くしていた俺に構わず結城は喉の奥で笑う、仕返しなのかとか、よく覚えていたなとか言ってやりたかったが、口から出たのは呆れかえったため息だけだった。俺の訓練兵時代の口説き文句を使うのは卑怯じゃないだろうか、結城よ。
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