「オグラさん」
フワッとした軽い声で呼ばれたオグラは、声とは違いきっちりしたスーツに身を包んだ彼を見上げた。椅子に座るオグラを見下ろしながらも、瞳にはしたにみるという概念は存在していないらしい彼。
「なんだ」
「危なくないですか、オグラさん。護衛しますよ?」
「別に、AAAじゃなくてもいい」
「あはは、増やしましょうか護衛。僕以外で」
やっぱりダメか、と声を漏らしながら走り書きで何かを書いた。おそらくは護衛追加のメモなんだろう。
元軍人の彼は雇われ護衛というやつだ。しかし、なぜだかあまり護衛仕事は任されない。腕っぷしは申し分ないし、実力は人間としては飛び抜けているだろう。亜人が死なないという戦法をとれば、確実に彼が勝つほどには実力はある。
オグラは自身の視界から遠のこうとした横顔に、吸っていたタバコがちらついて口を開く。
「タバコ吸うか」
「もらいます」
「遠慮を知れよ」
これは俺のテロメアだ、と呟かれながらわたされたタバコは、クスクス笑った彼が受け取る。少しだけ、そのタバコを見てから、愛おしむかのように目を細めて口元をゆるました。
その姿には色味がある。成人済みの元軍人の男だというのに、密やかさも華やかさも艶めかしさも、未亡人のような綺麗さがひっくるめて存在していた。
口にくわえて火をつけ、肺いっぱいにすいこまれて、ゆっくり吐き出された。紫煙が空気孔に流れてゆくのを横目に彼はにいと笑う。
「遠慮したら、アンタ拗ねるだろ?」
嗚呼、馬鹿なことを。
とはオグラは言えなかった。案外的を得ているためなにも言えやしない。
オグラは彼を人間として好いている。元々、亜人やIBMに入れ込んでいる人間が、人間にはまるなど考えられないかもしれない。しかし、ハマっちまったんだから仕方がない。開き直りながらも、彼を失わない逃がさない方法を淡々と練り上げてゆくオグラの脳内にストップをかける者などいないのだ。
「さて、と。」
「なんだ、用事か?」
「はい。」
遠ざかろうとする姿がはっきりしてきて、オグラは早急に頭の中の彼を閉じ込める案を固めてゆく。黒いそれは酷いもので、口から出すには抵抗がある。
離れていく後ろ姿に口を開こうとして、止まった。
「オグラさん、僕はずっといますからね。その思考はまた今度に」


戻る
TOP