「AAAくん、やんな。なぁ、気分わるいん?」
はじめてAAAと話したとき、まだ小さかった彼は小さくて幼くて顔色を白くしながら部屋のすみっこでじっとしていた。
大人たちの集会は幼い直哉を暇にするにはもってこいで、庭に出たり部屋に戻ったりうろちょろしてはその時の世話係に注意され、5回目ぐらいでAAAもいるすみのほうにおいやられてしまった。抗議したが受け入れられず、じっとしていた隣の子供…AAAに目を向ける。あまりにも顔色が悪いのに彼の家の人が心配している素振りもなくうちの家のやつらと話していて、若干の不憫さも幼いながらに直哉は感じた。
「…うん、お腹いたくて」
「トイレあっちやで」
直哉の発言に目をぱちくりさせて、理解したあとにへにゃりと力なく笑う。腹を下したとかいうのじゃないんだ、と言われているようで集会に緊張でもしているのだろうと思っていた直哉は自身の勘違いの気遣いに気づきほんの少しバツがわるい。
AAAはあたりをキョロキョロしてから、集会の大人たちが話に盛り上がっているのを確認してそっぽを向いてしまった直哉の服端を少しだけひっぱる。くん、とひかれた服に嫌々そちらを向けば、恥ずかしそうに顔を歪めたAAAが秘密を打ち明けるようにゆっくり口を開く。
「内緒ね」
「ないしょ?」
「うん。ほら、みて」
脇腹にべっこりと不自然なほどのへこみ。
服の上からでもわかる、へこみ。先程まで見えていなかったのは体をすっぽりかくすほどの上着のせいだ。快適な温度に保たれた室内なのに上着なんて、と思っていた過去が懐かしいぐらいに直哉の脳が警戒音を鳴らす。悲鳴をあげなかった直哉は褒めてもらえるぐらいには、人間に幼児にあっていいへこみではないそれ。内臓をぬかれたらこうなるのか、骨をえぐられたらこうなるのか、直哉には思いつかないままそのへこみから視線を外せない。
「ばばがね、かえってくるまで、がまんしなきゃ、いけなくてね」
「そう、なん」
「うん。僕が、つよくなるため、だから、がんばってるんだ」
話すだけでも苦しいのか、途切れ途切れに言われる言葉は直哉には理解できるところが少ない。「強くなるために(身内に)されたことを(身内か外部かの)誰かが帰ってくるまで(子供が)我慢している。」こんなもの、それこそお家案件だ。AAAが周りに話しちゃまずいことを話してきたことが幼い直哉にだってわかる。AAAの家がどんな術式の家でどんな戦いを好むのか、まったく知らない直哉の背にたらりと汗がつたう。知ってはいけないことに手を出したかもしれない恐怖と、もしや自分だけが禪院家でこのへこみを知っているのかもしれないという独占欲と歓喜に心臓が高鳴ってゾクゾクする。
はふはふ息を漏らすAAAはそんな直哉を知らず、上着を元に戻し、また耐える体勢になった。顔色は白いのか青いのかすらわからないぐらいに酷く、さらに直哉の心臓をぎゅっとさせる。
「手ェ」
「?」
「手ェあててたら、マシなん?」
博己の小さい手が自分の腹に添えられていて、ふと声を出した。撫でるように上着の上から添えられていた手は包帯だらけで、こちらもあまりみていられない。
博己は少し考えるそぶりをすると、こくりと小さく頷く。
「あったかいと、ちょっと、まし」
「ん」
直哉の小さな手がそっと添えられる。
体を近づけたことにより直哉の鼻を酷くキツイ消毒液の匂いとなにやら独特な焦げ臭さが刺激してギョッとしながらもその手をはなすことはない。はなしてはならないと、何故か感じた。ほぼ初対面の大体同い年ぐらいの子供になにを、と思ったが、ゾクゾクした感覚が冷めやらぬうちにあたたかさをうつしてやりたいとも思ってしまい、直哉は困惑したあたまのまま、ひとつ頷く。
「ありがとう、直哉くん」
「なんや、名前知ってたんか」
照れたように笑ったAAAはあたたかさを得るためにぐっと目を閉じた。
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「AAAくん」
「うわっぶっ」
ぎゅっと、年月を重ねるごとに好きになってしまった匂いを肺いっぱいにつめこむため、成長し自身とあまり身長が変わらなくなった体を抱きしめる。はじめましてのときから変わらない消毒液の匂いとなにかの焼ける匂いと、今日はバニラっぽい香水の匂いをすんっと吸えば、AAAがぴくんと肩を震わせた。
ちらりと目だけで顔を見ればシュッとした整った顔が驚いたようにこちらをみて、直哉をしっかりとらえた後、ゆっくりととろけるように緩む。他には曝け出されない優しいくて甘いこれが見たくて、毎回毎回出会うたびにハグからはじめているのだが、それに気づけるAAAではないのを直哉は知っている。それはそれは長い付き合いなので。
「直哉くん………久しぶり。だな?2ヶ月ぶり、ぐらいか?」
「久しぶりやな、体調大丈夫か。急にあえへんってきいて心配したで」
先程よりぐっと力を込めてやると、喉奥からくすくすと笑い声を出して壊物でも触るみたいにやさしく直哉を抱きしめ返してくる。こんなにもわかりやすいのであれば、決め手の台詞を言って欲しくてたまらない。毎回直哉はそう思って、毎回口には出さない。できたらそっちから言ってほしいし、なんなら直哉自身にズブズブにハマってほしい。もっと俺をほしがってほしい。俺だけにしてほしい。たまに俺が寝てる時とかにぼそっとそれを言ってるのも知ってるけれど、それも知らないふりをして言わないでにこりと笑ってやる。
笑ったことにより誤魔化した直哉は、無理矢理押さえ込んだ感情の波にムズムズしてきた首の後ろを誤魔化すようにもう一度力を込める。
「うん、まぁ、大丈夫。今回の呪具軽かったからな…。ただ、ばばの体調が良くなくてさ」
「なんや、あのばーさんも歳か」
「まぁ寄る年には勝てないってこと。こんなこと言っちゃいけないかもしれんが、ね」
この抱きしめるほそっこいAAAの体が、指の先から足の先から隅の隅まで、いくつもの呪具と呪物の詰め物であるのが酷く直哉に悲しくさせて、それを知る彼の家の者ではないうちの1人であることの優越感に酔いしれる。
術式か体質かは説明されなかったが、AAAの身体は呪物と呪具の入れ物でそれを力に変えて呪霊を祓うことができる。家でも特異的なものらしく前例をあまり持たないので、彼は幼少から…直哉と出会って話すようになったあの集会よりも前から…実験体のようにあれやこれやを体内に入れられている、そうだ。はじめて直哉がそれをきいたときAAAが小さい体で耐えている姿が何枚も何枚も思い出され、あまりにも目の前がカッと赤くなって、二マリと笑って陽気に話していたばばを殴り飛ばしたぐらいだ。女で、老人で、博己の身内だろうが、耐えられなかったので手が出た。AAAは笑って許してくれたので彼の家であれは無かったことになっているらしい。どんな権力振り翳したのやら。
今は入れ物になっていることにもなれ、特別一級まで力をつけて、家でも様々な力を持った青年になったから周りにつけこまれたりといった理不尽からは抜け出せたらしい。家の中の深く背後暗く怖いぐらいに雲行きの怪しさがある詳しいことを教えてもらっていない直哉がさっせるのはそのあたりまでだ。
「ええやん、俺とAAAくんしか聞いてないんやし。それに、いなくなったら実質AAAくんが当主なんやろ」
「はははは、まだ決まってないよ」
話題にあがった老婆…ばばを脳裏に思い描く。が、AAA以外のAAAの家の者にあまりにも興味がわかない直哉は曖昧な姿を見て、さっと消してしまう。今必要なのは(殴ったことはあるが)記憶もあやふやな老婆より、目の前にいる掻き抱いたこの男だ。だいたい毎週習慣みたいにあっていた奴と2ヶ月もあわないなんてもやもやして仕方がないし、家の奴らにでさえ「AAAさん、なにかあったんですか」と聞かれる始末だ。体調崩しとるだけや、と直哉はそっけなく返した。もちろん彼の罠にハマっている奴らはこぞって見舞品を贈っていたらしいことも、後々爆笑していたAAAから教えてもらった。
「嘘やろ?AAAくん家若い人ぜんぜんおらへんのやから、そうやって」
「直哉くんにそう言われると自信つくよ。まぁ、僕が家継いだら解体なんだけどね?」
「相変わらずみんな路頭に行かせる気なんかい」
「はははは。厄介な家はなくなっても問題ないしね」
耳元で声を上げて笑ったAAAにうるさいの意味を込めて頬をつねれば、ふにゃふにゃとなにか言ってから抱きしめていた体をはなされる。まだくっついていたってなにも言わないのに離れていった身体から、ほんのすこし血の臭いがして咄嗟に手を掴んだ。ぐっと咎めるように握り込めば、じわと嫌な赤色が滲む。
「怪我しとるな」
「バレるの早いよ。」
「バレない思って来たんか」
「そりゃ?またちょっと入院なんだ。直哉くんの顔も見たかったし、わがまま言って抜けてきた。会えてよかった」
「なんやねんそれ」
AAAが当主になって家が解体されるか、身体に限界が来て死ぬか。未来は無い。そんなわけないと直哉が思っても、AAAが悠長に考えようと現実はしっかりと進んでくる。元からない時間をさいてくれるのも、直哉のことばかりそのトロトロの甘々な顔で考えてくれるのも嬉しいしそのままズブズブにハマれと思っているけれどできたら体もなんとかしてほしい。
「今日一日ぐらいならいいかなって、ね?どう?ご飯一緒に行かない?」
「行くわけあるかよボケ」
ごちん、と音がする勢いで頭をグーで殴られたAAAがぎゃっと悲鳴を上げる。
「仕方ないわ、今日は家で食べていき。部屋来い」
「!ありがとう直哉くん!」
なんだかんだ直哉も甘くなってしまうのは惚れた欲目か、惚れさせた欲目なのか。
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