鶴見さんにずっとついていく、それが半ば命令のような決定事項のようなものであるため、こんな吹雪いた雪山にまで引っ張り出されてしまっている。寒い。鶴見さんに買ってもらったふわふわであたたかいコートやマフラーも、雪山にも歩きやすいと選んでもらったブーツのような長靴のような履物も役に立たないぐらいに体からあたたかさがぐんぐん減っている。気がする。ヒートテックとか無いらしい。
雪の積もる木々や隠れる太陽を見上げながらぼーっとして寒さを紛らわしているくらいしかできない。鶴見さんたち忙しそうだし。
「鶴見!」
急な知らぬ大声にバッとそちらを振り返る。知らぬ人、髭が鶴見さんより多い馬に乗ってきた軍人さん、和田大尉さん。鶴見さんより大尉だから、偉いんだったか?
鶴見さんに部下を勝手に連れていかれたらしく大きめの声をあげながらズンズンと鶴見さんに近づいて行く。鶴見さんを見ると同時に視界に入った此方を見たような和田大尉さんの鋭い視線に、横でわたしの護衛まがいをしてくれている鶴見さんの部下さんは「下がって」と一言告げて少しだけかばうように半歩前に出てくれた。少し怖そうなひとなのでありがたくその部下さんの好意に甘えるように体を影に少しかくす。
「一名は重体、四名が行方知れず、一体小樽でなにをしているのだ?おまけに旭川から武器弾薬もごっそり持ち出してきたそうではないか!ただではすまされんぞ鶴見!」
「失礼、奉天会戦での砲弾の破片が前頭部の頭蓋骨を吹き飛ばしまして、たまに漏れだすのです。変な汁が」
「そもそもそんな怪我のありさまで今後も中尉が務まるか、もう庇いきれん」
そっと影から見ると鶴見さんは指をしっかり指されていた。あの剣幕でまくしたてられてるのに顔色ひとつかわらない鶴見さんの感覚がわからない。
「鶴見!貴様が陸軍に戻る場所はもはや無いと思え!」
「あ」
なんとまぁ間抜けな自分の声だろう。鶴見さんが和田大尉さんの指をガブッと食べた。文字通り。サッと目の前に軍人さんの背中が入り込んで、視界から鶴見さんと和田大尉さんがはずれてしまう。
「うおおお鶴見ぃ!!血迷ったかあああああ!!」
ブチッ
「ポゥッ」
嫌な音がして唾を飲み込む。周りは誰一人として変わりなく雪山に突っ立っているだけ。
「頭蓋骨と一緒に前頭葉も少し損傷してしまいまして、それ以来カッとなりやすくなりましてね。申し訳ない。それ以外はいたって健康です。向かい傷は武人の勲章、ますます男前になったと思いませんか?」
「正気ではないな」
同意見です、和田大尉さん。
「撃て」
「はい!」
ダンッ
でも、ここにいる軍人さんはみんなそんな感じの、正気ではない軍人さんなんじゃないですかね。やりとりが見えないまま足元の雪をぐっと踏みしめる。
「服を脱がせて埋めておけ、春には綺麗な草花な養分になれる。戦友は今でも満州の荒れた冷たい石の下だ。ロシアから賠償金もとれず、元屯田兵の手元に残ったものはやせた土地だけ。我々の戦争はまだ終わっていない」



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鶴見中尉の娘さんがずっと和田大尉の埋められた穴を見つめている。周りとかわらず平坦な土にほんの少し雪が積もった、ぽっかりとしたそこを、なんの感情も無いような真っ黒な瞳でじっと見ている。町娘より良くご令嬢には劣る服に身を包み、ふわふわしたシルエットが浮くような雪山で鼻頭を赤くしながら、和田大尉が埋められてからずっと。
「なにかあるのかい」
鶴見中尉が同僚らに指示をし終えてから娘さんにゆっくり声をかける。優しくかけられた声に彼女は鶴見中尉と視線をあわせる。
「いいえ、なにが、咲くのか、なぁって」
「なにが咲いて欲しいかね?」
「…家にあった花の名前はなんでした?」
「あれか」
「名は?」
「知らぬ方がよい」
娘さんは「そう」と一言つぶやいて、鶴見中尉に寄りかかる。
「寒いです、鶴見さん。用が終わったらあたたかいお湯に浸かりたいです」
「ははは用意してやろう」
真っ黒な瞳のまま娘さんはまた和田大尉の埋められた穴ををじっと見つめていた。

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