「いけません!花女さん」
馬を用意しに走り出した者と入れ替わりに少女、否、まだ少女と女性の合間にいるであろう女が暗い瞳で血に濡れた部屋の惨事を見て、足を止めた。白い服につつまれているために周りの暗さに浮いて見えて杉元は少し目を細める。後ろから比較的若い鶴見の部下が部屋を見ないように諭すが花女は気にした様子は無く、色の無い瞳は倒れている二階堂兄弟の片割れを定めている。
「起こしてしまったかな?」
「…はい」
「見ても、あまりいいものではない、部屋に戻っていなさい」
鶴見の優しい諭すような声に死体から視線を一瞬外したが、花女の瞳はまた戻してしまう。鶴見の部下が「部屋に戻りましょう」とまた諭すが首を小さく振られてしまった。鶴見は困ったという顔を隠しもしないまま花女の肩を叩いてみせる。
「さあ、部下を困らせないでおくれ、花女」
「…これは、だれが」
「……そこで腸出してる男だ」
「そう、ですか。」
死体から担架に乗せられていく杉元に視線をうつした花女の瞳は相変わらず濁ったままで、何の色も付いていない。嫌悪も無ければ、畏怖も無い。鶴見を見ていた時には僅かにあった感情の波も杉元には見えやしない。
花女はゆっくり血濡れた床に膝をつき折れて曲がって色のなくなった二階堂の頭にそっと手を伸ばす。暗い中に浮かぶ白い姿に、どこか宗教画めいた雰囲気にまた杉元は目を細め、鶴見以外の者たちは止めようと一歩踏み出しかけ鶴見ににっこり笑いながら止められた。触れるか触れないかで手が彷徨い、ふわり、と剃り整えられた頭に添えられる。
「少し、ここにいさせて、ください」
「わかった。杉元の搬送準備が終わるまで…いや、搬送が終わるまでだ、いいね?」
「はい」
鶴見の笑みに花女は頭を下げて、すぐに二階堂を見つめる。ゆっくりゆっくり頭を撫でながら真っ黒な目で二階堂を射るように見て、口元をもごもご動かした。
「馬橇の用意ができましたッ」
響いた声にすら花女は反応せず、ただひたすらに頭を撫でていた。




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かわいそうに、と思った。鶴見さんが防御そう?がどうとか指紋がどうとか、最終的に腸が盗まれたことに気づいて行ってしまった後ろ姿を眺めながら二階堂兄弟さんの片割れさんがすごくかわいそうに見えた。殺されたうえに、こんな扱いだなんて、鶴見さんがどれほど軽く扱っているかがわかる。私の夢がさめたら、ここで死んだことも片割れが生きていることもなくなるようなバカな夢物語なのに、息がつまる。どうか、魂に救いがあらんことを、とテレビでみたことのあるような気もすることをテキトーに覚えてるまま口を小さく動かした。
「花女さん」
流石にこのまま居座るわけにもいかず最後に手を合わせてから二階堂さんから離れる。待っていてくれた軍人さんに「すみません」と声をかけるとにこりと笑われた。
「いえ、大丈夫ですよ。馬にお一人でのったことは?」
「?いえ、ありません」
「そうですか。同伴させる者を至急手配します、お待ちください」
皆がばたばたしている中、外にまで連れ出してくれた軍人さんは頭を下げてばたばたの中に混ざっていった。もう区別はつかない。もう、なんの区別もつかない背景のように見えて、ゆっくりやってきた眠気に目を細めた。

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