特殊技だってどんと来い
(「レベルを上げて物理技だ」の続き」)
「文七さぁーん!」
「ぎゃっ」
背中にサヤカが突撃したために、前に倒れこんだ文七を片手で軽くハヤトが抑えると体勢を持ち直した。おんぶの体勢になった文七がこれまたぐらついたため、ハヤトはため息をつきながら両手で文七の腰を支えてから曲がり不安定になっていた足をゆっくり元に戻してやる。
「ありがとうハヤト」
「大丈夫?」
「あははは!文七さんったらぁ、私くらい受け止めなきゃあ!」
「勢いありすぎだ、バカ」
勢いがなければなんてことない重さのサヤカをおんぶしながらスーツでキメた姿のまま家の玄関口でもたつくのは早く家を出ていきたい目的があるのだろう。それを気づきながらも、2人の小学生はニコニコ笑って文七のまとう空気を読むことはない。
あの瞳がずっと忘れられない文七はサヤカが乗っている背中に走る恐怖に震え、ガチガチに固まらせながらサヤカを背中から降ろし、きっちりしたスーツに合う靴を履く。
「ねぇ、そんなキメキメでどこ行くのぉ?」
「もう夜だよ?」
「あー、いや、ちょっとな」
「えー!今日は宿題見て一緒に寝てくれるって言ってたのにぃ!ねぇ、ハヤト?」
「うん」
2人からのブーイングに困った顔をしたまま「悪いな」とつぶやいた。
精神はもっと年上の2人の小学生の、この世界の親はどちらともずっと働いている人間だ。家にいないのは当たり前、衣食住のみに近い自宅があたえられ、世間一般的なお小遣いが月に一回出ている。これが別枠に付け足されたトリップ特典なのであろうと2人は解釈している。そういうことは他の世界でも多々あった。それ故に彼女たちは親や金などを気にせず自由に動き回れている。しかし周りから見れば、小学生をひとりで家に放置し家事もなにもかもをひとりだけでしていることになるのだ。それを見かねた俵家の好意により、彼女たちは週に2回ほどではあるが学校から帰ってきてから次の日の朝学校に行くまでお世話になっている。俵家にしてみれば毎日いてもいいと言うが、2人は首を縦にはふらない。
俵家に居座らせている身である文七は2人の少しばかり寂しげな顔に胸を切られる思いで口を動かした。
「じゃあ、行ってくるな。朝には帰ってくる」
「…はぁい」
「行ってらっしゃい」
パタンと閉まった戸に一瞬だけ玄関が静かになる。まるで生き物ひとりいないような、風も吹かない静寂。もちろんその静寂を作り出した当人である2人が静寂を壊すのだ。
「ねぇ、あれってさぁ!三巻か四巻かだよね!」
「だね。あのスーツきてたのはその巻だった気がする」
「ひゃぁあっ!かっこいい!かっこいい!!」
「わかった、わかったから落ち着け」
でもかっこよかったよね?という声に勿論と頷く。どう足掻いても文七が2人に好かれていることには変わりないのだ。
「どうしよっか」
「…武器無いけど、行きたい?」
「ハサミ持っていこう!行こう!」
ランドセルの中にあるハサミを思い出しながらサヤカは靴を履いて、ハヤトは少しだけ呆れたように笑った。
文七家を出て数分して近所の人に文七家にもどされるのをまだ2人は知らない。