レベルを上げて物理技だ
(両者共・読破/若返り/俵)
「ねぇ、杖、どうしたの?」
「杖?ああ、うん、流石に小学生の身たけには合わないから家に置いとく。てか、今更?」
「うん、今更。あれないと闘い辛くない?」
「全然?あれが一番だけど、今の身長じゃちょっと扱いづらい」
「そっかぁ。じゃあ、今は素手?」
「一応素手、と筆箱の中にハサミがある。不安?」
「ううん、ハヤトなら不安じゃないよ」
赤いランドセルを背負うどこぞのお高い私立学校の制服に身を包んだ小学生少女二人は、ベッドの脇に用意された椅子にちょこんと座り向かい合いながらひそひそと話をしていた。その姿は愛らしく可愛らしく密やかで、華やかな楽園にも似ている。ロリコンが見たなら聖地だろう。
その密やかな聖地に似合わない、この病院のベッドの持ち主である文七が松葉杖をつきながらひょこひょこかえって来ては、二人を見て少し照れくさそうに笑う。真新しい花が花瓶に入れられ、小さいが菓子がサイドテーブルに置かれているのも彼女たちがきた証だ。
「なんだぁ、また来てたのか?」
「おかえり文七さん。検査どうだった?」
「うん、また来たの。もうすぐ退院でしょう?だからぁ、様子見に」
無意識に甘やかした文七の声を彼の友人たちが聞けばギョッとするだろうが、生憎、彼の友人たちと彼女たちはであった事がないためにばれていない。その甘い文七に満足している二人は特に気にした様子は無く、このままずっと甘えてゆくだろう。米屋に客として来る時も然り、だ。
文七がベッドに入るのを横目に、見舞いの菓子をいそいそと開けだした。見舞いの品ではなかったのか、という横槍はサヤカのしたことだからか入ることはない。
「今日はプリン!」
「看護師さんにも確認とりましたよ。」
「また甘いものかよ」
「いいでしょ〜?高いのよ、でも低カロリーの甘さ控えめ!文七さんも気にいるからぁ!」
確かに高そうなプリンだなと文七が受け取れば、残り1つを彼女たち二人でわけるらしく互いにスプーンを持ち同じプリンを食べてゆく。3つは流石に高くて買えなかったのだろう。可愛らしい雰囲気に飲まれそうになるが、このプリンは小学生2人のお小遣いから得られたものであることを知っている文七にとっては少しばかり苦い。見舞いに来るたびに菓子や花はいらないと言ってあるが、彼女たちがそれらを欠かしたことはないため、もうお小遣いなんて底をついていることだろう。
「あ、そうそう。あのねぇ、私たち2人、すっごく考えたの」
「ん?」
「ねー、ハヤト」
「うん、そうね。」
「すっごく考えて、私たち決めたのよぉ?」
「あなたが望むならその怪我さしたやつを
、否、奴らを貶めてやろうかって」
文七はプリンを見たまま固まった。こんなにも優しい声をした少女たちがいる場所に、怪物がいるかのような恐怖しか湧き上がらない感覚が文七の足先から駆け上がる。
「知ってるのよ?あの男がァ文七さんとケンカしたことぉ」
「その後ろに何かがあるのも知ってる」
「あの刀もぉ」
「あの組織も」
「なにがしたいのかも」
「それをどうしたら壊せるのかも」
少女を見ることができない文七を気に留めることをしないまま、サヤカが最後の一口を食べてにこりと笑っている。ハヤトも薄くではあるが口元に笑みが浮かんでいる。その笑みが、先ほどの言葉を全て現実だと語っている。
目を見開いた、恐怖でかためられた表情のまま文七は恐怖に負けないように怪物に視線をゆっくり移動させる。それでも彼女たちの笑みは変わらないのに、確かにそれは文七の知る人間とは違ったなにかに見えた。
「あは、驚いた?それとも、できないって馬鹿にする?」
「はは、できないわけない。できるさ」
「だよねぇ?だって私が愛されて愛されて、受け入れられて、隙間を見つけて、亀裂を見つけてぇ」
「私が亀裂を広げて、内で少しだけ崩して、核を殺せばいい。」
「あはは、そうだよねぇ?くうちゅぅぶんかぁい?だっけ?」
「さあ?内部崩壊じゃない?」
あはははと笑う少女たちはもう文七の目には怪物としか映らない。慎に似た、否、慎よりも遥かに次元の超えた怪物にしか。
乾いて声の出にくい喉から否定を絞りだそうとすれば引き連れるような痛みがはしる。それは、であったことのない怪物との緊張感に文七がガチガチになってしまっていることの証明でもあった。
「どうする?ていうかぁ、していい?」
「私たち、文七さんに救われたも同然なんだよ。だから、ね?」
「そうそう。駄目なわけないよねぇ?」
「ゃ、」
「ん〜?なぁに、文七さぁん」
「やめ、ろ、」
振り絞る声は随分小さく、文七自身が驚いてしまうほど弱々しいものであった。その弱々しい声が聞こえた少女たちから笑みがすうっと消えてゆく。そう、笑みが消えてゆくのだ。あの優しい可愛らしいまん丸な瞳が、優しさの欠片もないままの深い闇の瞳になり、それが文七を射抜く。文七の中を全てさらけ出しているような、気分の悪いものが身体中をはり巡る。
「ざぁんねん」
「仕方ないか」
「だねぇ」
怯えていた文七とは違い、なんとも落胆的な声が病室に落ちた。サヤカの本気で残念そうな表情とハヤトの仕方がないと言わんばかりの呆れ混じりの表情からは、先ほどの怪物はどこにも見つからない。
やっと文七は息ができたらしく、一気に酸素を肺に取り込んだ。そのまま、思考がゆっくりではあるがまわってゆく。もしかしなくても、恐怖と怪物により思考までも凍りつかせていたのだ。
文七は知ってしまった、彼女たちは怪物だと。人知を超えた、人を知り尽くした怪物だ。以前まで米屋にお使いにきたり、文七と遊ぶために来ていたりと、無邪気な小学生であった彼女たちはもういない。いや、居るには居るのだが、怪物を知ってしまった今、もう彼女たちは文七の中にいた無邪気さを剥ぎ取ってしまったのだ。この怪物を外に出してはならない、そんなこと文七が気にすることではないのに。
「はやく元気になってね」
たぶん、おそらく、これからも文七は彼女たちにふりまわされるのだ。