青い迷い


 ダダダと窓ガラスを連続的に叩きつける雨粒たちを眺めているいちごを目前に、あおいはベッドで簡単なストレッチをしていた。ふたりぶんの体重がかかったあおいのベッドマットはひとりのそれより当然沈んでいて、あおいはこの重みがなんやかんやで愛おしい。
 と、いちごが嘆声をあげてあおいのほうへひっくり返ってきて、いちごの背中があおいの胸元にすこんと落ち着いた。あおいはふうと一息ついていちごの両肩に手を置いた。
「どうしたの、いちご」
「なにかね、こっちに飛んできた気がしたんだ」
「ガラスだったら危ないから、窓から離れておこう」
「うん、ぶつからなくてよかった」
「ね」
 いちごは自分の胸をなでおろした。そうして、飛んできたのが蘭だったらよかったのにね、とあおいの顔を見て笑った。
「うん。けどこっちの天気が荒れてるぶんだけ、ハワイは晴れてるかも」
「そうだといいなあ」
 あおいは心配そうに窓枠に手をかけるいちごを見て、これがあるでしょ、といちごの横に並んで窓際に吊るされたてるてる坊主を指さした。
 蘭はきのうからスパイシーアゲハの新作ドレスの撮影とお披露目ライブのために単独でハワイに飛んでいた。蘭が旅立つと、それを待っていたかのように、灰色の雲が薄い飛行機雲を覆っていった。そのようすを見て思わず手を握りあったいちごとあおいは顔を見合わせてうなづき、寮に帰って蘭のためにこれを作って吊るしたのだった。
「走りたいなあ」いちごがつぶやく。
「走りたいね」あおいはとくにそうしたいわけではないが、いちごがそういうなら台風くらい軽く蹴散らしてやりたいと思ってしまう。
「こういうときセイラちゃんのところはいいよね、ランニングマシンがあるし」
「あるにはあるけど、いちごが使っても景色が同じって言ってすぐ飽きちゃいそう」
「うーんじゃあ、アイカツフォンでだれかとおしゃべりしながら走っちゃう!」
 いちごは良いこと思いついたと言わんばかりの明るい表情であおいに近寄った。いちごの鼻先があおいの鼻にこつんと当たって、くちびるに彼女のかすかな鼻息がかかった。あおいはこういったとき距離感がなにを意味しているのか、つい考えてしまいがちだった。そんなものはきっとないだろうに、いちごがなにかの証としてこうしているのだと思い込みたくなるときがたまにある。
 疲れたようすなんてこれっぽっちも見せず楽しげに通話をしながら軽く十数キロは走りきってしまうのが星宮いちごだ。彼女ならやってのけるだろう。と脳内パソコンに打ち込まれる言語を無視して、あおいは「うーん」と適当にあいづちを打って、いちごから顔をそらした。耐えられなかった。こういったあまりに不透明ないちごの仕草には整然と対応してきたはずなのに、冷静になれていたのはいつでも観覧者である蘭がいたからだ、とあおいは気づく。
「蘭*……」
 あおいは両膝を折り曲げてくぼみに顔をうずめる。いちごはきょとんとした顔であおいを見た。雨は相も変わらずガラスに打ち続けていた。




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