苦渋の決断

「ノクティス王子とななし王女は本当にそっくりね」

幼い頃、そう言われるのが大嫌いだった。
その言葉を聞く度に「全然似ていない」と返していた。

俺が必死になって否定するのを見た姉貴は、少し悲しそうな顔をするが、すぐにこちらへ微笑みかける。「そうね。ノクティスは男の子だもの」と言いながら俺の頭を撫でる。
それを見るのも、聞くのも、されるのも嫌だった。

本当の理由はそうじゃないのに、上手く言葉にできなくて。

幼い頃の朝、洗面台の前へ立つ度に思っていた。
自分の顔が姉貴と似ているなんて有り得ないと。

(どうしてみんなは、僕とお姉ちゃんが似てると思うんだろう?僕はお姉ちゃんみたいな顔してない。お姉ちゃんを僕と一緒にするなんて、周りのみんなは本当にやな奴だ)


その考えは昔も今も変わらない。
昨日の俺も、宿の鏡を見て同じことを思ったからだ。

けれど、周りは未だに俺と姉貴がそっくりだと言う。
だが俺と姉貴とはやはり似ても似つかない。

(そうだよな…俺には…姉貴みたいな……あんなに優しい顔は……)

出来そうにない。

自分が悲しい時、それを堪えてまで相手に向かって優しく微笑むのがどんなに難しいことなのか、20を迎えてやっと少しだけ分かった気がする。
昔は言葉にするのが難しかった「俺と姉貴が似ていること」への否定の理由も、今なら言える気がする。

なのにそれを伝えたい相手は、もう何も聞こえない。

故郷の喧騒も、大地を撫でる風の音も、鳥の声や木々の揺れる音。
そして、俺の声も。


「分かったんだよ…分かった途端に、なんでこんな事になんだよ」

冷たくなった手を握る。
少し前まで、あんなに暖かかったのに。
頬に張り付いた髪を一本払ってやる。
朝、挨拶を交わした時は薄らと桃色を帯びていた肌が、不気味なほど透き通って白い。

俺の知らない間に、姉貴が死んだ。
死んでいる。
死んでしまったのだから、もう微笑む必要なんてないのに。

「なんで、最期にそんな顔で死ねるんだよ」

姉貴の死に顔は穏やかだった。
何故だと問いたくなるほどに、いつもと同じ優しい笑顔で横たわっていた。
この世に、後悔も未練もあっただろうに。
最期になにを思って逝ったのだろうか。

「最期くらい、自分のこと考えてろよ」

姉貴に触れる手に力が入る。
いつもなら「痛いですよ。ノクティス」と少し呆れたような声で否してくれるはずだ。
今はそれすらも恋しい。


ああ、やはり俺と姉貴は似ていない。
俺はこんな顔で死ねないだろう。

そう、『大好きなお姉ちゃん≠フ優しくて綺麗な顔と、男である俺の顔を比べられるのが嫌』だった。

そう言いたい。伝えてやりたかった。


「あぁ。そういえばお姉さん、ノクティスって…君の名前を呼んでたっけ。可哀想だよねぇ。いくら呼んだって、助けに来てくれなかったんだから」


姉貴をこんな風にした相手が言う。
姿を見せず、どこかでこちらを観察し嘲笑う相手が。
俺はゆっくり立ち上がり、先を見据えた。

「仇がどうこうなんて、そんな簡単なことで済ませたくねぇ。だが唯一変わらないのは、俺はお前を許さねぇってことだ」

決心がついたわけではない。
未だ怖さはある。
だが、幼い頃から支えになってくれた姉貴はもう何処にも居ない。
これからは、自分独りで自分の大切なものを護らなくてはならない。

こんな局面になってすら、重責に怯えている俺を姉貴は叱るだろう。
ルシスの王になるのならば覚悟も必要だ、と。

「分かってる…分かってんだよ……」

俺はそっと、指輪へ手を伸ばした。


【苦渋の決断】