僕の彼女は美味しそう

「ねぇノクト。オレ、今からものすごくおかしな事言うけど、変だと思っても何も言わずに兎に角聞いてくれる?」

部屋に訪ねてきたプロンプトが言った。
何を観るでもなく、なんとなくつけっ放しにしていたテレビの画面を見ながら。
その虚ろな瞳を見るに、恐らくプロンプトも画面の映像を目で追ってはいるが、番組の内容はどうでもいいのだろう。クッションを抱えたまま、呟くように言ったのだ。

「あ?何だよ。んなもん聞いてみなきゃわかんねーだろ」
「そうだよねぇ。うん、そうだ」
「?」

先程よりもクッションを抱く腕に力が入ったかと思えば、そのまま俯いて黙ってしまった。
この友人に有りがちなことだが「言いたいが言えない。言って嫌われたらどうしよう」と後ろ向きに悩んでいる時は大概こうだ。いつも割と素直に何でも聞く性格のように思うのだが、実はこっちのウジウジとした方が本性なのだろう。

「おい、プロンプト。そこまで言って黙りはやめろよ」
「うっ」

ソファに足を投げ出して寝転がっていた俺は、隅に座るプロンプトの太股あたりを軽く蹴ってみた。その特有の「トサカ」が振動で揺れる。揺れにつられて垂れてくる前髪の乱れを正しながら、尚も悩みつつ眉間に皺を寄せている。

「ほんっとうにおかしくて…それに気持ち悪いこというけど…いい?」
「さっさと言えよ」

もう一度蹴ってみると、プロンプトは観念したように言った。


「最近さ…『あ、ななしって美味しそうだな』て思うことがあるんだよね」
「やめろよ下ネタかよ」
「シモ…!?ち、違うって!!食物的な意味で!消化的な意味でさ!!食べたらって…」
「……は?」


俺の脳が処理しきれずに一瞬にしてフリーズした。
こいつは何を言ってるんだ?今、自分の恋人のことを食べたら美味しそうって言ったのか?
しかも、プロンプトは耳まで真っ赤になって恥ずかしそうにしている。

「だから言ったでしょ。気持ち悪いことだって…」
「いや、すまん。気持ち悪いっていうか…何でそう思うのか理解できなかった」

それを聞いたプロンプトは、ソファの縁取りに身を預けながら「あ〜もう…そうだよねぇほんとそう」と唸るように言って蹲った。
そして、そのままこちらに向かってではなくソファの向こう側に向けて話し出した。

「前にさ、一緒にお風呂に入ったんだよ。ななしと」
「そっち方向の惚気ならやめろよ」
「いや、違うって。俺が『食べたい』までに至った理由だってば」

顔だけをチラリとこちらへ向け、そう否定した。
その割にはまだ耳まで赤い。色白で血色がいい方なのか、赤くなるとすぐに分かる。

「浴槽に一緒に入ると、目の前にいつもは髪に隠れてて見えないところ…ななしの項があるんだよ…」
「へぇ」
「それを見てたらさ、なんて無防備なんだろうって」
「そりゃ、プロンプトのこと信頼してんだろ」
「そうだよね。それは嬉しい。だからこそなのかな?『今ならこの首元に被りついて、噛みちぎることもできるんだな』て思いついちゃってさ」

ますます衝撃的だ。
どちらかと言えば穏やかな方である友人が、実はこんなに猟奇的な考えも持っているだなんて。まぁでも、当たり前だがプロンプトはそれを実行に移さないだろう。それが分からないほど、俺と友人との付き合いは浅くない。

「そういうもんなのか」
「んー、他の人がどうなのかは分かんない。でも、何だかそう思うと…ななしからとっても美味しそうな匂いがしてくるようになってさ」
「匂い?」

そう言いながら、プロンプトは鼻をつまむ仕草をした。

「会う度にその匂いがするから、美味しそうだなって思うようになっちゃって……でも食べちゃったらもうななしには会えないし、何よりヒトを食べたりなんて絶対にしないけどさ」
「あー、カニバリズムってやつ」
「ないない!オレはそんな趣味絶対ない!」
「いや、今してる話がまさにそれだろ」
「うっ…やっぱ変なのかなぁ。食べちゃいたいくらい可愛い…とかじゃなくて普通に食べたいんだよね。食べないけど」
「どっちだよ。でもまぁ…思うだけなら自由だろうし、それだけななしが好きってことだろ」


俺がそう言うと、プロンプトは跳ね上がるように蹲っていた上体を起こした。
その顔を見ると、先程までの暗い雰囲気とは違いものすごく晴れやかである。


「だよね!?そうだよね。思うだけなら自由だし、好きなら仕方ない!そうだよ…好きなだけなんだ。うん、そう」

天井に向けてクッションを放り投げながら、大きな声を出す。目の前の友人は、自分に言い聞かせるようにそう言って、満足そうに笑っていた。


俺がこの時のプロンプトの気持ちを身をもって体験するのは、もう少し先の話である。