君との未来を欲している

俺にとってななしという人物は、よく分からない女だ。

失恋しては自棄酒を喰らい、しかしまた懲りもせず新しい男と恋に落ちる。
一度、大荒れの時のななしに縋られた時があった。あまりにも苦しそうな姿に思わず声をかけただけなのだが、こちらの服がベトベトになるほど泣き喚きはじめた。
正直ななしのしている恋愛経験の「れ」の字も知らなかった俺にはどうすればいいか分からず、ただ抱き着かれるままに戸惑うだけだった。
そこへ現れたブチャラティが、ボロボロになったななしに喝を入れながら引き摺っていくのをただ見ていることしかできず。後日、ブチャラティは俺に「ああいう時のアイツをどうこうしようなんてのは、ナランチャ、お前にはまだ早いぜ」と言った。失恋した女なんかには、その気がないのなら積極的に関わるなということらしい。
自分としては「仲間への優しさ」を示したつもりだったが、俺が男でありななしが女である以上はそっとしておくことが正解なのだとか。


しかしそんなななしに、俺はとある感情…安らぎを抱くことがある。

例えばこの間の話、いつものようにフーゴが俺に「勉強」を教えてくれていた時の話。
フーゴは俺を褒めることはあるが、それはあくまで教師的というか「教育者として、生徒が勉学に励むよう褒めて伸ばす」というものに過ぎない。

その日だって、涙ぐましい努力の末に九九を口頭で言えるようになった俺をフーゴは褒めてくれた。
正解ですよ、凄いじゃないですかナランチャ!と。

それもほとほどに、さっそく次の問題へ移ろうとする。しかし、それを遮るものがあった。

「ダメよフーゴ!!ナランチャはここ最近、毎日すごく頑張ったんだから。もっともっと褒めてあげなきゃいけないわ」

隣に座っていたななしだった。
その頃は時々、フーゴが俺に教えるのを傍で見ていることがあった。何やら、俺の成長を見守るのが楽しいのだとか嬉しいのだとか。

「ほらこうやって…いい子だわナランチャ〜!!」
「う、うわ、わ、ちょっと何すんだよななし!?」

ななしは急に椅子から立ち上がったかと思うと、俺を横から抱きしめてきた。
自分の胸元に俺を閉じ込めるようにして、大きなストローク…しかし優しいタッチで頭を撫でながら強く抱きしめてくる。
当然だが俺の頬にはななしの胸がぎゅーぎゅーと押し付けられている。

しかしそこにイヤらしさはなく、寧ろななしからする「いい匂い」に落ち着きすら感じた。

恋愛だとか男女の何だとかはまだ分からないことも多いし、ななしやブチャラティの言う領域には到底達しないが、この今の感じが何なのかは俺にも分かる。
俺も昔、これに触れたことがあるからだ。

ななしの手や声、胸やその香り、その暖かさ。
そう、これはずっと昔に母親が俺を抱きしめてくれた時の感覚と酷似している。
微かに、だが確実に心の中に残っている感覚だ。

(母さん……)

今の言葉を口にしたら、ななしはどう思うだろう。
目の前のフーゴはきっと、口元を抑え笑いを堪えたような声で「いきなりどうしたんです?」と言うだろうか。

確かに、ななしの普段の様子を見ると母親とはかけ離れた場所にいるのかもしれない。
けれどこの人からは、ふとした時に何処かから溢れ出るような、そんな母性を感じることがある。
俺が昔から欲していたような何か。

いつかもっと、俺が賢くなって、強くなって、ブチャラティみたいになれたのなら。
俺だってこの「母親のような陽だまりの女」に正しい優しさを示し、守れるような男になるのだろうか。


俺は、いつか成長して…………