黒バス - 閑古鳥が鳴いた
彼が天才たる所以


 ――良くも悪くも、黄瀬は自分が人目を引く存在であることを知っていた。

 顔はいいし、モデルもやっているし、運動神経もいい。もちろん女の子にもモテる。そしてバスケでは、キセキの世代と呼ばれるぐらいの、所詮天才という存在である。これで人目を引かないなら、それは黒子並みの存在感の薄さを必要とするだろう。
 そして目立つ存在というのは、いいことばかりではないということも黄瀬は知っている。向けられる感情は、憧れや、尊敬だけではないのだ。嫉妬、畏怖、ときには憎悪。そういった薄暗い感情にも黄瀬は慣れてしまっていた。だから、部活の帰りにちょっとした騒ぎに巻き込まれ、挙句の果てに侮蔑の言葉を投げられても、特に動揺することはなかったのだ。またか、ぐらいの気持ちだった。所詮三下に何を言われようが、黄瀬の心には響かない。

 ――キセキって言ってもお前のは猿真似で相手のをパクってるだけだろ。
 言われ慣れた言葉だった。確かに中学時代、黄瀬はキセキの世代の中でも新入りだったし、実力も一番下だと言われていた。今じゃそんなもの、とっくになくなっている。だが黄瀬に対する風当たりは、なぜか今でも一番強い。それはおそらく、モデルなどでことさら目立つという理由もあるのだろうが、一番の理由はどうやら黄瀬の『模倣』という技にあるようだった。馬鹿馬鹿しい話だ、猿真似とはいっても、その猿真似すら出来ぬ相手に言われたくはない。
 だから、軽い自虐ネタくらいのつもりだったのだ。マジバで晩御飯を食べている間の、ちょっとした軽い愚痴。てっきり返ってくるのは同意か慰めか、相手に対する怒りかと思っていたのに、本日の同伴者――森山の反応は、そのどれとも違った。

「黄瀬の才能はわかりにくいからな」
「……は?」

 特に顔色も変えずにふんふんと聞いていた森山がさらりと言ったのは、そんな言葉だった。

「キセキの世代の中でお前だけ、才能とプレイが直結していないからわかりにくいんだろ。あとお前のは相手がいないと成り立たないってのも大きいと思うけど」
「……森山先輩、もうちょっと解説をお願いしたいんですけど」

 黄瀬は挙手してそう言った。森山は、ポテトをコーラで流し込んで、したり顔で頷く。

「だから、例えば緑間だったら一番わかりやすいだろ。『どんなところから投げても絶対に入る』ってのは。つまり、みんなあいつの技、というかプレイを見たらその与えられた天賦の才能を即座に理解する。あ、こいつにはシュートの才能があるんだ、って。同じように紫原も体格を見た瞬間にバスケで有利ってわかるだろ? 青峰はいわずもがな。つまり、キセキが使う技と才能は直結してる。プレイを見た瞬間に彼らに何の才能があるのか、一目でわかるわけ。ああ、こいつは天才だって納得するわけだ」
「はあ……」
「でも黄瀬の模倣を見ても、みんな何の才能が黄瀬にあるのかわからない。だって『真似する』ってのは、誰にでもできることであって才能じゃない。だから黄瀬のやる“技”は模倣だとわかってても、なんでそれが黄瀬に出来るのかっていう“才能”はなんなのかわからないんだ」
「へえ……」

 まさに目から鱗だった。そんなところに原因があったのか。なるほど、だから黄瀬は中傷を受けやすいのかもしれない。なぜ黄瀬が天才と呼ばれるのか、理解できないから。『なんでも模倣できる』という凄さはわかっても、そこに目を奪われてなぜそれができるのかは考えたことないのだろう。

「だからなんで出来るのか説明すれば、くだらない悪口はぐっと減ると思うけど」
「いいっスよ。別に気にしてませんし。それに出来るものは出来るんだからしょうがないじゃないっスか」

 だって、見ていたらなんとなくできてしまうのだ。黄瀬にとってそれは呼吸をするのと同じぐらい当たり前なことで、逆になぜ他の皆が出来ないのか不思議だった。笑いながらそう言うと、森山はなぜか一気に渋い顔になる。

「これだから天才は……くっそ腹立つな、今日お前のおごりな!」
「えーっ、酷いっスよー! 先輩のおごりって言ったじゃないっスか!」
「うるさい、気が変わったんだ! 大体お前の方が稼いでるんだからいいだろ別に!」
「酷い! 森山先輩の横暴!!」

 マジバの一角ででぎゃあぎゃあ騒ぐ男子高校生二人を、通り過ぎる客が微笑ましそうに見守る。顔面偏差値の高さから、女の子もちらほら視線を向けているというのに、残念ながら二人は全く気付いていなかった。


「黄瀬は俺たちの中でも、一番その才能の本質がどこにあるのかわかりにくいからな。昔からよくいわれのない中傷を受けていたのだよ。くだらん」

 緑間の言葉に高尾は「へー」と興味ありげに言った。同時にボールをパスする。緑間はそれを受け取り、シュートを打った。リングに吸い込まれるボール。いつ見ても、見事なものだ。

「黄瀬、モデルとかやってるから目立つんだろうな。やっかまれそう。でも確かに、黄瀬ってなんであんなに簡単に模倣できるんだろうなー?」
「天才だからだ」

 こともなげに言い放った緑間に、思わずがくりと頭が落ちる。だから、なぜあいつは天才なのかと、そこを聞きたいのだが。

「だからさあ、俺が聞きたいのはなんでそれができるのかってとこだよ。あ、感覚がめちゃくちゃ優れてるとか? 五感がチートだから、一度見たもの触れたものなんでも再現できるとか」
「馬鹿め。そんなものもはや超能力の域なのだよ。ジャンプの主人公か」
「だよなー、もしそうだったら黄瀬って格付けGA●KT並みにチートになっちゃうし」
「……なぜ今その発想に至ったのかはわからんが。俺が思うに、黄瀬の才能の本質は『加工技術』だろう」
「加工技術?」

 ボールをパスする手は止めないまま、ゆるゆると会話は続いていく。もう籠の半分しか残っていないな、と高尾はちらりと考えた。

「模倣、口に出してしまえば簡単だし、やってること自体はシンプルなのだよ。しかし、実際にやろうと思ったら相当難しい。例えば、黄瀬とお前では技の難易度以前に、身長差という壁がある」
「ほほう。それで?」

 畜生、人が気にしてるところさらりと言いやがって。思ったが、口には出さない。

「あれだけ身長差があったらもちろん足幅も違うし、腕の長さも違うし、手の大きさも違う。おそらく筋肉量も。……しかし、おそらく黄瀬はお前の動きを“模倣”出来るだろうな」
「……マジか」

 ようやく緑間の言いたいことがわかって、高尾は目を見開いた。おいおいちょっと待てよ、それってかなりすごいんじゃないの?

「要はそういうことなのだよ。つまり、黄瀬の模倣とは、そういう様々な違いを加工して乗り越えた上に成立していて、その結果が“模倣”と呼ばしめるほどの正確さで再現されている――凄まじい『加工技術』なのだよ。しかも黄瀬はそれを“ほとんど無意識で”やってる」

 これを才能と呼ばずして――天才と呼ばずして、何と呼ぶ?
 緑間はそう言い終わると同時に最後のボールを投げた。そうして結果も見ぬまま、高尾に向き直る。当たり前だ、だって必ず入るのだから。

「あいつは天才だ。それはまぎれもない、事実なのだよ。……わかったらボールを拾え、もう一度やるぞ」
「へーへー、わっかりましたよっと」

 高尾は肩をすくめて床に散らばる数多くのボールを回収しにかかった。なるほど、キセキの世代とはつくづく恐ろしい存在だ。
 ――もちろん、うちのエース様が一番に決まっているのだが。


「赤ちん無駄なこと嫌いだからねー。灰崎やめさせたのは、今考えたらめちゃくちゃ合理的」
「合理的? そりゃどうしてだい、敦」

 コンビニの帰り、腕に大量のお菓子を抱えた紫原の言葉に、氷室は首をかしげた。

「だって黄瀬ちんは才能だけど、灰崎のは特技だよ。黄瀬ちんは天才、灰崎は秀才。室ちんと一緒だよ」
「……それはそれは。興味深いね」

 紫原の言葉に、氷室は目を細めた。良くも悪くも、紫原は素直だ。その言葉は容赦ないが、真実しか含まれていない。ドレッドヘアの、やたら危険な雰囲気を漂わせていた男を思い浮かべる。
 灰崎祥吾。黄瀬涼太の前に、キセキの世代に在籍していた男。黄瀬が加入したことで、結果的には、やめさせられた男。あの男が、自分と同じだというのだろうか。限りなくキセキに近い、天才に近い実力を持ちながら、あと一歩及ばない。天才になれなかった、秀才。

「天才と秀才だから、灰崎は近い将来確実に黄瀬ちんに追い抜かれてただろうし、一度追い抜かれれば追い越すことは出来ない。多分赤ちんもそう読んだんじゃない? 持つ者と持たぬ者との差は灰崎本人にはどうにもならない話だし、早期退部を勧めて正解じゃん」
「事実、黄瀬君は灰崎君に勝っていたね」
「うん」

 なるほど、そういうことなのか。

「それに、あの二人のプレイスタイルの本質同じじゃん。丸被り。全然違うタイプの選手なら退部にしなくてもよかったと思うけど」
「同じ?」
「うん。『加工』でしょ。でも黄瀬ちんのは対象者の技をそっくりそのまま再現できるぐらいの技術レベルだけど、灰崎はそこまでの技術を持っていないじゃん。だから同じ『加工』でも黄瀬ちんは『模倣』、灰崎は『改変』。対象者の技を自分が使いやすいように改変する」
「……つまり、灰崎君は『加工』という技術において決定的に黄瀬君に劣ると?」
「だからー、そうだって言ってるじゃん。黄瀬ちんはそのジャンルにおいては天才なんだって。灰崎が勝てるわけないじゃん」

 秀才なのだから。言外に、紫原の言いたいことがわかって、氷室は思わず目を閉じる。ならば、彼も自分と同じではないか。
 天才に――火神大我になれなかった自分と。
 黄瀬涼太になれなかった秀才――灰崎。

「……でも俺は諦めないけどね」
「……ふーん」

 まあ、頑張れば? 紫原はそう言って、氷室の頭をなぜかぽんぽんと軽く叩いたのだった。


「わかりやすくいうと……そうですね、人が持つ技を、宝石だとしまず」
「……宝石」

 言いえて妙だ、と火神は思った。黒子のたとえはいつもわかりやすい。必死で個性を伸ばし、磨き、たたき上げることで完成する技。なるほどそれは、宝石と呼ぶにふさわしいだろう。

「しかしその宝石は持ち主のサイズに合わせた、この世に一つしかないものです。黄瀬くんはその宝石を自分のサイズに合わせてそっくりそのまま再現することができる加工技術を持っています。……たとえそれが、どんなに複雑で繊細なデザインだったとしても」
「あー、なるほど。それが『模倣』か」
「はい、そうです。もっとも、さすがの黄瀬くんも、僕たちキセキの持つ『宝石』のデザインは複雑すぎて再現することは出来なかったみたいですが」
「なるほどな。それで?」

 火神がそう言って先を促すと、黒子は頷いた。

「真似、模倣、というのは誰にでもできることです。学ぶは真似るから、とも言いますし。でも、デザインが複雑になるにつれてできなくなる。灰崎くんはかなり複雑なデザインでも再現することは出来ますが、黄瀬くんはおそらくその先を行きます。でも、灰崎君は再現しきれないデザインをアレンジという形で補うことができる」
「『強奪』がそれか。でもなんでみんなあいつに技を奪われたらリズムが狂うんだろうな?」

 火神の言葉に、黒子は複雑そうな顔をした。

「それは……アレンジされた宝石が、皮肉にもオリジナルよりも優れている場合がある、ということじゃないでしょうか」
「え?」
「……宝石がより似合うってことですよ。本人よりも、灰崎君の方が。だからリズムが狂う。灰崎くんの改変技術も相当優れていますし、何より、宝石を持つにふさわしい実力というものがあるんだと思います」

 黒子は目を細めて、目を伏せた。

「技を一番最初に編み出すことと、技を一番使いこなすことができるのは、必ずしもイコールである必要はない――黄瀬君と灰崎君は、そのことを誰よりも一番わかっていたんじゃないでしょうか」


「――天才とひとえに言っても、、キセキの世代はみんな方向性がバラバラだ。緑間はシュートに特化してるし、紫原はあの巨体が才能。黒子は存在感の無さ。で、青峰、お前は敏捷性、反射神経、あと天性の体の使い方……といったところか。つくづく恐ろしいな、お前は」
「あー? なんだよいきなり」

 赤司の言葉に青峰は眉を顰める。いきなり呼び出されて何を言われるかと思えば、そんな話か。

「それより早く練習行こうぜ。エースとお前が抜けてたら、話にならねえだろ」
「ふふっ、お前は本当にバスケが好きなんだな。その調子で勉強にも力を入れればいいのに」
「うっせーよ。俺はバスケがありゃいいんだって」
「またそんなことを……ああ、それで今日呼び出したのはお前に聞きたいことがあったからだ。黄瀬涼太のことだが」

 真っ直ぐに自分を見据えて赤司が言った名前には、さしもの青峰でも知っていた。

「あー、知ってる。モデルかなんかやってる黄瀬くんだろ。そいつがどうかしたか?」
「お前、あいつとよく1on1やってるだろ。――どうだ?」

 目を細めて赤司が言った言葉に、青峰はようやく彼の言いたいことがわかった。なるほど、それが今日の議題か。
 青峰はにやりと不敵に笑う。ならば答えて見せよう、黄瀬涼太、あの男は間違いなく――。

「――あいつは、伸びるぜ。それも、めちゃくちゃ。やってて楽しい」
「……そうか。ならいいんだ」

 端的な答えにも、赤司は十分満足したようだった。
 赤司は青峰の嗅覚の鋭さは信頼している。青峰がそう言うのなら、これから彼は驚異的なスピードで成長していくに違いない。それが意味することを赤司は知っていた。
 ――黄瀬涼太は天才だ。まぎれもなく、唯一無二の才能を持った、天才。

 打てば入るシュートを持つ緑間。巨体を生かしたブロック技術を持つ紫原。存在感の無さをうまく利用したパスワークが売りの黒子。敏捷性、反射神経、どれをとってもバスケ選手として究極の領域に近づきつつある青峰。
 彼らはみんな、一様に素晴らしい才能を持っていて、天才と呼ぶにふさわしい実力だった。
 ならば、彼は。黄瀬涼太は、どのような才能を秘めているのだろうか。

「……これからが、楽しみだな」

 まだ見ぬ才能への期待に満ちた言葉は、思った以上に高揚していた。

「またずいぶん楽しそうな顔だな、おい」
「そりゃあな。素晴らしい仲間が増えるのは、いつでも楽しいものさ」
「お、珍しく意見が合うじゃん?」

 青峰と二人、笑いあう。ああ、彼の成長が待ち遠しい。

 彼らの読みはほどなくして的中する。
 黄瀬涼太――『模倣』の才能を持つ、新たな天才の誕生だった。



end
2014年1月9日:pixiv投稿
2019年5月21日:加筆修正のち再掲


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