ちゅるん

玉にした陰魄を飲み込んだ。

魂の味は、よくわからない。

ただ、力をつけたい。

力を、つけなくちゃ。



「クソガキィィィィィィ!!」

 食事を終えた私の耳に飛び込んできたのは、聞き覚えのある金切り声。
 この声は、確か。

「カンテラ法師だ」

 少し前に、一緒に遊んだ陰魄だ。
 からかった時の反応が面白くて、ついついやりすぎちゃったんだよね。
 ちょっと気を抜いたら、逃げられちゃった。
 あの子はもっと暗い森の中に住んでたはず。何でここに。

「これは、何かあるね」

 逃がした獲物への執着と少しの好奇心を胸に、私はまた街に向かった。




 陰魄は、容赦なく俺を殴りつけた。
 心が弱いと言われ、隙を見せた瞬間に腹に一発喰らった。攻撃の一つ一つが重い。
 俺は勝てないのか、そう思ったその時だった。

「エージ君!!!」

 声のする方を向くと、パジャマ姿のアイツが立っていた。
 
「なッ…!!お前何しにきたんだよッ!!一体なんで…!?」
「心配だったから…!」

 アイツは、裸足のまま駆け寄ってきてそのまま、俺の前にしゃがんだ。

「わ…!!エージ君ボロボロじゃない…!!」
「俺のことはほっとけ、バカ!お前、早く逃げ…」

 俺が「逃げろ」と言いかけた時には、陰魄はもうアイツの後ろにいた。

「へぇ、霊の見える女かよ」

 アイツがハッと振り返ると、陰魄はニィッと意地の悪い笑みを浮かべた。

「猿…お前、厄介な知り合い多そうだな」
「くそッ!!」

 陰魄がしようとしていることは、想像がついた。今更身体を動かしたが、間に合いそうにない。
 身体がスッと寒くなる。
 陰魄がカンテラを振り上げた。

「まとめて消すか」

 アイツの悲鳴が辺りに響いた。
 しかしすぐに、陰魄の表情が変わった。カンテラが、動かないんだ。それもそのはず。

「久しぶりだね、カンテラ法師。元気にしてた?」

 この女が、カンテラを押さえていたからだ。
 オレは、少し息を弾ませながらニッと笑うこの女をみて、叫んだ。

「キョウ!!」

 俺の方を見た#bk_name_1#は、今の状況には似合わない明るい笑みを浮かべ、カンテラを押さえてない方の手をヒラヒラと振った。

「ありゃ、エージだ。元気?隣の子、彼女?」
「彼女じゃねェよッ!あと、元気じゃねぇよッ!」
「それだけ声出せるなら、大丈夫だね」

 ニッコリと微笑んだままの#bk_name_1#は、陰魄の方へ顔を向けた。
 心無しか、陰魄の身体が強ばっている気がする。

「キョウ……何でここに……」
「最近は、ここら辺をウロウロしてるの。偶然でも会えて嬉しいよ、カンテラちゃん」
「その呼び方はやめろォ!」

 陰魄は、先ほどの意地の悪い笑みが嘘のように慌てている。
 それどころか、どこか恐怖を抱いているようにもみえた。
 #bk_name_1#の性格だから、何かされたのだろう。俺も経験がある。
 先ほどとの空気の差に呆然としていると、明神が駆けつけた。

「遅かったね。案内屋さん」
「あぁ、みたいだな」

 カンテラを押さえていた手を陰魄の首に回していた#bk_name_1#は、反対の手でピースをした。
 それに手を軽く振って返した明神は、微笑みながら俺達に声をかけた。

「明神さん…」
「ヘーキか、ふたりとも?」
「うん…」
「エージは?」

 どう見ても平気ではないが、つまらない意地を張る。

「……ヘーキだよ」
「…そか」

 明神は、くるりと陰魄の方へ身体を向けた。

「じゃあ、ふたりともあとでデコピン100回な」
「「えぇっ!!」」
「メチャ探した!メチャ走った!」

 全く予想していなかった発言に反応してしまった俺の身体には、先ほど奴から受けた攻撃のせいで痛みをが走る。
 視界の端には、キョウと明神に挟まれて戸惑っている陰魄がみえた。

「いつつ…」
「大丈夫?エージ君!!」
「うっせーな、ホっとけよ!!」

 俺が痛みでうずくまると、アイツは心底心配そうな顔して俺に声をかける。
 その声がやけにうっとおしくて、俺はアイツを拒絶した。なのに、アイツは表情を変えなかった。

「そんな…!!ホラ、私が肩かしてあげるから…」

 そう言って、俺に手を伸ばした。バカだ、アイツ。

「さぁ……!?」

 スッと俺の腕を通り抜けた自分の手を見て、アイツは信じられないと言いたげだった。だから、言ったのに。

「無理に、決まってんだろ!!」

 アイツは、ショックを受けたような顔をした。どうしたらいいのかわからないような顔。
 その顔が、無性に腹が立った。

「オマエも、こんな風になりたいかよ…?」

 俺の言葉に、アイツはどうしていいかわからないような顔で耳を傾けた。

「ユーレイってだけ生きてるやつらには怖がられてうとまれて…
 あげく、こっちの世界では陽魂は陰魄にコケにされて魂を狩るやつらのエジキにされる…」

 ここまで声に出して気がついた。

「オレは、強くなりてェ…」

 俺は、俺に言い聞かせてるんだ。

「だから、オレのことはほっとけよ。オマエにとってオレは…別世界の人間なんだよ」

 どうせいなくなるなら、構わないでくれ。
 ほっといてくれ。
 そう思ってると、言い聞かせてるんだ。

「でも…みえるもん」

 そんな俺を、アイツはまっすぐ見つめた。

「私には君がみえるもん」

 必死な顔で、俺を見つめて言った。

「ボロボロの君が…今だって私の目の前にいるもん!ほっとけないよ!!」

 その必死そうな顔を見たら、何かが心の奥底で溶けるような感じがした。

「いいねぇ、お嬢さん!」

 突然向けられた声に少し驚いた。
 俺達が声の主の方を見ると、いつのまにか後ろから陰魄を抱き締めながらこちらに輝いた目を向けていた。
 陰魄は、もう抵抗すること自体を諦めているようだった。

「お嬢さんみたいな生者は珍しいね。とっても素敵!」
「は、はぁ…」

 「ねー、カンテラちゃん」と陰魄に話をふるキョウに、アイツは困ったような顔で返事をする。
 そりゃそうだろう。先ほどまで自分たちを殺そうとしていた陰魄を背後から抱き締めている女に、笑顔で「素敵だ」とか言われているのだ。
 誰でも困惑する。
 面倒ごとに巻き込まれないよう俺が顔を逸らした。

「エージったら、照れてる?」
「はぁ!?」
「エージ」
 
 俺が反論しようとしたところに割って入った明神は、俺に背を向けたままは話しかけた。
 キョウは、陰魄を抱き締め直し、興味津々といったような顔で俺達を見ている。

「お前がスットボケなきゃ…俺もすぐに来れたんだ」

 反論の余地もない。何も言えず、俺は黙りこくるしかなかった。

「…最強になるんだろ?強くなりたければ、己の強さを認め…強くならなきゃな」

 明神は振り向き、ニッと笑う。

「クールにサイキョー、だ」

 冷静に状況を見極め…勝機をつかめ。
 そして、その時がきたら…魂を燃やせ!!

 そう言って、明神は陰魄の方へ向き直した。

「ひめのん、エージ。あとでふたりともデコピンすっから、うたかた荘に帰るぞ」

 抱き締められたままの陰魄は、どうみても怯えている。
 抱き締めている当人はとても楽しそうに微笑んでいた。

「君がかっこいいなんて珍しいね」
「そいつはどーも。……で、そいつをどうする気なんだ?」

 明神は、スッと陰魄を指差す。陰魄はより身体を強ばらせる。
 キョウは、チラッと陰魄をみて「あぁ、そうだったね」と言い、明神の方へ向き直った。

「そうだなぁ。正直、この子のことちょびっとだけ気に入ってるんだ。見逃すって選択肢は?」
「ないな」
「アハハ、だよね」

 キョウはスッと陰魄から離れると、三味線を出した。

「君は疲れてるでしょう?私に任せてよ」
「なッ!?」
「それは助かる。頼むわ」

 陰魄は明らかに焦りながら、勢いよくキョウの方へ振り返った。

「オレのこと気に入ってるんだろ!?なら、助けろよ!」
「アハハ。ごめんね、カンテラちゃん。大丈夫、痛くないよ」

 #bk_name_1#が笑いながら三味線を構えると、陰魄は逃げようと身を翻して上に飛んだ。
 …勝機を掴んだら、魂を燃やせ。

「ゴーストバスター……ストライク!!!」

 渾身のゴーストバスターストライクは、陰魄に直撃し、その衝撃でやつは動きを止めた。

「ガキぃ!」
「エージ、やるじゃん」

 ニィッと笑ったキョウは、指を弦に添えた。

「逃げないでよ、分解するわけじゃないんだから。案内屋とは違うよ?」

 そして、弦を、弾いた。

「おいで、カンテラちゃん」
 
 透き通った琴の音のような声が響く。
 断末魔を響かせながら光の玉になった陰魄は、キョウのブレスレットに付いている赤い玉に吸い込まれた。

「いらっしゃい、私とともに」

 そう言ったキョウの顔は、どこか晴れやかだった。