「あなたとなら……いいよ?」

 ベッドに放り投げられた私は、腰をくねらせ身体の曲線を強調するよう意識した。顔は斜め横に傾け流し目に、唇を舐めてぷっくりと。はだけたスカートからギリギリ中身が見えぬよう脚を閉じつつ太ももを見せつける。
 全ての努力は、この日のため。必ずものにしてみせる。
 熱い吐息を漏らしながら、出来る限り艶かしく手を伸ばす。さぁ、早くこの手を取って。そのままあなたの大きな身体と欲で私を押し潰して!

「あ、拙者、そういう養殖ビッチムーブはノーサンキューなんで」

……は?

「な……何でよぉぉー!!!!」



「もう!何なの!自分でベッドに放り投げた女を追い返すなんて!
 紳士的な愛が聞いて呆れるわよ!」
「夢子ちゃん、大荒れだね」

 あの後、猫のように首根っこを掴まれて彼の部屋を追い出された私は、扉を思い切り蹴飛ばしてから自室に戻ってきた。
 今は、羞恥と怒りに染まった私に驚いていたリツカちゃんを取っ捕まえて、大浴場に引っ張りこみ本日二度目のお風呂に浸かりながら延々と愚痴を聞いてもらっている。
 普段は初めて召還したサーヴァントであるスパルタクスとフェルグスさんも一緒に入浴することが多いが、今日はいない。完全な女子会だ。

「本当にひどいやつ!くさいキモイ汚い3Kコンプの駄目男!」
「でも、好きなんでしょ?」
「大好きぃー!」

 どれだけ罵っても消えることのない恋心に頭を抱える私の肩を、リツカちゃんは優しく撫でてくれた。
 私は、黒髭ことエドワード・ティーチに恋をしている。
 自分でも何であいつなのかと思うし、周りの女性達に話したらドン引きされた挙げ句必死に止められたが、好きななんだから仕方がない。
 惚れた弱みというもので、会う度に言われる煽りも据え膳を罵って投げ捨てるという愚行も、なんだかんだ全て許してしまう。
 自分ではどうにもできないくらい、あいつに惚れてしまっているのだ。

「この日のためにどれだけ努力したと思ってんのよぉ……」
「うん、お菓子も我慢して頑張ってたもんね」

 今日のような日のために、ダイエットもしたしスキンケアも気合いを入れた。年頃の娘がお菓子や夜更かしを我慢するなんて相当意志が固くなくてはできないはずだ。
 可愛く見える角度も色っぽいポーズもたくさん研究してたくさん練習した。
 いざと言う時に恥ずかしくないように。少しでも気に入ってもらえるように。愛されるように。
 なのに、あいつは。

「キィー!どうすれば好きになってくれるのよー!」
「まあまあ、落ち着いて?」

 少し困ったように笑っているリツカちゃんを見て、少し怒りが和らいだ。
 リツカちゃんは、本当にいい子だ。黒髭が好きだと伝えた時、みんなが止める中リツカちゃんだけ応援すると言ってくれた。
 何度アタックしても応えてもらえない私を慰め、煽られて怒っている私の話を笑いながら聞いてくれる。
 私とリツカちゃん。二人で一人の最後のマスター。性格が反対に近いが、だからこそ彼女といるのは心地よくてついつい甘えてしまう。
 そんなダメダメな私でも、まるで聖母のようにそっと受け止めてくれるのだ。

「もう、リツカちゃん大好き!私、リツカちゃんと結婚する!」
「ありがとう。でも、夢子ちゃんには黒髭さんがいるでしょ?」
「あの馬鹿、私のこと見えてないもん!」

 リツカちゃんは、ピーピー騒ぐ私の頭を優しく撫でてくれた。

「本当に黒髭さんのことが好きなんだね」
「……自分でも引くくらいにね」

 オケアノスでの出来事が、昨日のことのように思い出せる。
 カルデアに来る前から『黒髭』という存在を知っていた私は、黒髭海賊団の旗を見た時恐怖した。
 世界一有名な伝説の海賊であり悪逆非道の化身である黒髭。惨たらしく殺されるかもしれないし、もっと酷い目に遭うかもしれない。
 とても恐ろしいと思ったが、それと同時に心が躍った。
 伝説の人物をこの目で見られる。そんなわくわく感に身体が震えた。
 今までの特異点で出会った偉人達(特にネロ様)に怒られそうな期待に胸を弾ませながら、私は黒髭と対峙した。
 そして出てきたのが、『アレ』だった。

 誰だこいつ。それが第一印象だ。
 おそらく、私の顔は酷いものだっただろう。マシュに名前を呼ばれるまで意識が飛んでいたと思う。
 アレが、伝説の海賊?信じたくなかった。私くらいガッツがある女じゃなければ、その場で卒倒していただろう。
 ドレイクさんは怒りで大砲をぶっ放していたが、私だってそうしたかった。むしろ私が飛んでいって一発ぶん殴ってやりたかった。
 それくらい、勝手に抱いていた大きな期待を裏切られたことがショックだったのだ。
 まさかこんな最悪な第一印象からコロッと恋に落ちるなんて、誰が予想できただろう。

 再び対峙した時、相変わらずの気持ち悪さに苛立っていたがエウリュアレさんの矢を受けた部下を迷うことなく殺した時、沸騰していた怒りがフッと消えた。
 船が爆発する寸前、こちらの作戦に気付いたあいつの叫び声にドキッとした。
 決着をつけると凄んだ迫力ある顔にときめいた。ヘクトールに最後の一発を撃ち込んだ時、かっこいいと思った。
 ドレイクさんへの想いを語りながら満足そうに消えた姿を見て、美しいと思った。敵の死を悲しいと思ってしまった。
 どうしようもないくらい気持ち悪くて美しい伝説の海賊に、どうしようもないくらい惚れてしまったのだ。
 可愛さ余って憎さ百倍というならその逆もあるようで、どうしてもあいつに会いたくなった。
 オケアノスから帰ってからすぐ召還をした。
 応えてくれるかわからなかったけど、石と魔力と有りっ丈の『好き』を込めて。
 その後、口上を述べている途中の彼に思い切り飛びつくことになった。私は、黒髭のマスターになれたのだ。
 私の『好き』に応えてくれたような気がして、本当に嬉しかった。
 ……しかし、物事はそんなに上手く進むわけもなく。

「何で会う度に馬鹿にされなきゃならないのよ!」
「毎回何かしら言ってくるもんね」

 トントン拍子にいくかと思いきや、黒髭は私と会う度にガンガン煽ってくるのだ。
 「え?17?顔の割りに歳いってますなwww」「メイク濃すぎですぞwww最早作品なのでは?wwwデュフフwww」
 むっかつくッ!17歳は花盛りよッ!!
 怒りを込めた渾身の飛び蹴りも、ひょいと軽くかわされた。
 「せめてセーラー服になってから出直してくだちぃwww」
 ヒラヒラと手を振りながら去っていくあいつを見て、ひとしきり床でジタバタした。
 何よあれ、すっごくむかつく!でも、去り際の顔すっごくかっこよかった!
 こんな具合に、腹は立てども恋心は増すばかりであった。
 
 最初の頃よりは戦闘を重ねて絆を深めたと思うし、私も漫画は好きだったのでそっち方面の話では盛り上がった。黒髭の機嫌がいい時は、海賊時代の話を聞かせてくれることもある。
 しかし、肝心な恋愛関係が一向に進まない。
 いくら好き好き大好きと伝えても、返ってくるのは嘲笑めいたはぐらかし。好きとは言わないが嫌いとも言わない。私だけが特大の矢印を向けているような状態だ。
 それが酷くしんどく感じる時もあるけれど、ちょっと話せば忘れてしまうし、海賊らしい冷酷さを見ればまた惚れ直してしまう。
 我ながら、驚きのちょろさだ。もともとギャップが好きだと思っていたけれど、ここまでとは。
 だから、今日突然部屋に連れ込まれてベッドに放り投げられた時は本当に嬉しかった。
 やっと一方通行の矢印じゃなくなったことに、感動に近い喜びを覚えた。黒髭の愛を上辺だけでもいいから感じたいと思った。
 待ちに待った日が来たと思ったのに。

「次に会ったらあの髭を全部剃ってやる!」
「それだと、黒髭じゃなくなっちゃうね」
「ただのキモイおっさんにしてやるのよ!」
「それでも好き?」
「大好きぃー!」

 一人で百面相している私を見て、リツカちゃんは笑ってくれた。
 ……これくらいたおやかで可愛らしかったら、愛してもらえるのかな。

「私、リツカちゃんみたいになりたい」
「え?」
「たおやかで、健気で、可愛くなったら、もしかしたら……」

 自分で言いながらへこむ気持ちと同じように湯船の中へ沈んでいく私の身体を、リツカちゃんは後ろから抱き締めた。
 お湯とは違う温もりに目の奥がカッと熱くなる。

「夢子ちゃんは、今のままが一番可愛い」
「でも……」
「大丈夫。大丈夫だよ」

 そう言いながら強く抱き締められ、お湯にぽつんと波紋が広がった。



「ほう、先客がいたようだな」

 穏やかだが雄々しい声が響いた。私たちは慌てて離れ、その声がした方へ顔を向けた。

「フェルグスさん!」

 そこには、リツカちゃんが初めて召還したサーヴァントであり我がカルデア最強のセイバーが生まれたままの姿で立っていた。肩にタオルをかけた彼は、「もっと早くくればよかったな!」と元気に笑っている。
 目を擦り何もなかったかのように振る舞いながら、私はフェルグスさんに笑顔を向けた。

「いつもはもっと早く入るじゃない。今日は遅かったのね?」
「あぁ、今日はこいつを捕まえてきたんでな」
「こいつ?」

 自分の後ろを指すフェルグスさんの親指に釣られて、私たちは視線をそちらに向けた。
 すると。

「デュフフwwwギャルゲにありがちなラッキースケベktkr!
 圧倒的SSRスチルは永久保存必須ですなぁwww」

 今宵の怒りの元凶が、これまた生まれたままの姿でひょっこりと顔を出した。
 私は光のスピードでリツカちゃんの目を手で隠し、デリカシー皆無の馬鹿を怒鳴りつけた。

「ちょ、いきなり出てきてリツカちゃんに汚いもの見せてんじゃないわよ変態!」
「おやおやぁ〜?スーパー棚上げタイム略してSTTですかなぁ?
 先ほど拙者のご立派アームストロング砲見たがってた養殖ビッチのセリフとは思えませんぞぉwww」
「うっさいわよ馬鹿!どうせ脱ぐなら私の前だけにしなさいって言ってるの!
 というかお風呂入るなら私のこと誘ってくれてもいいじゃないのよ!」
「人のことガン萎えさせといて、何言ってんのかさっぱりんこでごじゃりまするなぁwww
 拙者に誘ってほしかったらもっとボンッキュッボンッのえっちなお姉さんにジョブチェンジしてからにして出直していただきたいですぞwww
 てか、何?その『わよ』口調。そういうの悪役令嬢でお腹いっぱいですしおSUSHI」
「何よロリコンの癖にこのキモオタ!あとこの口調は昔からよー!!」

 いつも通りのやり取りに、つい熱くなってしまう。
 リツカちゃんは「大丈夫だよ。手離して?」と言ってくれているが、そんなことは絶対に出来ない。リツカちゃんの綺麗な目が汚れてしまう……!
 私たちの友情に溢れたやり取りを、あいつはへらへらしながら鼻をほじって見ていた。

「てゆーか、そろそろポチャポチャおふろと洒落込みたいのでござるが?
 KYエターナルフォースブリザード(相手は死ぬ)で拙者を心身共に氷漬けにするおつもりで?」
「うっさいうっさい!もう出るわよ!フェルグスさん、その馬鹿に目隠し!」
「了解した」

 快く目隠ししてくれている間に、私たちは素早く湯船から上がった。

「ほひゃ!?フェルグス氏、すぐにその手を退けるでござる!
 すぐ目の前にはキャッキャウフフのピチピチ百合園が広がって……」
「とっとと凍っちゃえ、馬鹿ー!!」



「やれやれ。全てを見せる必要はないが、ここまで素直じゃないと心配になるな」
「は?拙者、思春期を迎える前の清らかな美少年くらい素直さには自信がありますぞぉ?」

 身体を洗い湯船に浸かってすぐ、フェルグスは黒髭に声をかけた。
 穏やかに笑っているものの、糸のように細い目からは真意が読み取れない。
 黒髭は適当にはぐらかそうとしたが、フェルグスはそれを許してくれなかった。

「夢子のこと、もう少し受け止めてやってもいいんじゃないか?」
「……何のことだか、ボクちんじぇーんじぇんわかりまちぇーん」

 この剣士は、分かりやすい物言いを好むらしい。
 何の揺さぶりもなく本題に入られて少し驚いたが、すぐ調子を戻した。
 顔を背けてとぼけてみても、この男には通用しなかった。

「あれだけ一途に好いてくれているというのに、あのままでは可哀想じゃぁないか。
 それに、お前は夢子に手を出そうとしたようだな。
 何故やめた?そのまま優しく抱いてやればよかったものを」
「……」

 次は無視を決め込んでみたが、フェルグスは止まらない。

「誘っておいて追い返すとは、随分恥をかかせたな。
 海賊であるお前が女の抱き方を知らないわけがないだろう?
 何か理由が……」
「おいおい、わかったような口聞いてくれるじゃねぇか」

 黒髭は、ギロリと睨みをきかせた。
 地を這うような低い声と獣のような眼光に、フェルグスは笑みを消した。

「俺は黒髭。極悪非道の大海賊エドワード・ティーチ様だぜ?
 奪って犯して殺して好きなように生きるの俺だ。
 自分から飛び込んでくる獲物に何の価値がある?海賊ってのはガキのお守りじゃねぇんだよ」
「なるほど。つまり、自分の向けられた裏のない恋心にどう接すればいいのかわからないというわけだな?」
「拙者の話、ちゃんと聞いてくれてまつた?」

 あまりにもマイペースすぎる発言に、黒髭は一気に気が抜けた。
 しかも、的外れなことを言っているわけではないので余計にたちが悪い。
 この男は、どこまで自分の本音を知っているんだろう。
 マスターに好きといわれる度に心臓が跳ねるところまでだろうか。
 笑った顔も怒った顔も見たくて、ついからかってしまうところまでだろうか。
 それとも、好感度も上がったしそろそろ陵辱しようと思ったが、いざ放り投げたマスターが温かくて柔らかくてそしてあまりにも軽すぎて、黒髭ともあろうものがほんの少しだけチリッと胸が痛んでしまったところまでだろうか。
 直接聞かねばわからないことだが、そんな弱点を曝け出すような真似が出来るわけない。

「……あいつは生きてんだぜ?欠伸が出るくれぇに平和な世界で真っ当に生きてんだ。
 俺みてぇないくつも修羅場くぐってる漢の中の漢とは釣り合わねぇんだよ」
「心配なんだな」
「ちげぇよ」

 精一杯の見栄も簡単に見透かされ、黒髭はもう反論する気力もない。
 これ以上何か言われる前に退散しようと、湯船から上がろうとした。

「黒髭よ。夢子は、いい女だぞ」

 黒髭は、ピタリと動きを止めた。決して顔は向けない。

「……男として見られてねぇ癖に」
「これは痛いところを突かれた」

 痛いという割りにちっとも気にしていないようで、フェルグスは愉快そうに大声で笑った。
 黒髭は舌打ちをして湯船から上がり、戸の取っ手に手をかけた。

「もっと食った方がいいだろうぜ。あんな骸骨、誰も抱けやしねぇよ」
「わかった、伝えておこう」

 勢いよく戸を開けた黒髭は足早に大浴場から立ち去った。