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夢寐にも忘れられないことがあった。
「主君、お飲み物をお持ちしました」「出来立ての索餅もありますよ!」
振り向けばそこにはいつも眩い笑顔があった。
「あるじさまー。たまにはボクともあそんでくださいよー」「あー、今剣ずるーい!」「大将オレもー!」
仕事で息詰まった時、暗がりから引っ張りだしてくれる手があった。
「弥生ちゃん、なんだか顔色悪いよ? ちょっと根を詰めすぎなんじゃない?」「光坊の言う通りだぜ主。ちょいと横になりな。なぁに、少しくらい休んだってバチは当たらないさ」「頑張りすぎるってのも体に毒だぞ」
体調が悪くて俯いていると、心配そうな声を掛けてくれる人がいた。
「貴様らー!! あれだけ内番は手を抜くなと! 先日口を酸っぱくして言い聞かせたばかりだがまだ足りんのかあああ!!」「ヤベ見つかった、逃げろ!!」
清々しい朝をぶち壊す賑やかな複数の足音も、嫌いではなかった。
「大将、────。」
常にそばにいて、私に────……?
「主。」「あるじさま。」「あるじさん。」「ぬしさま。」「主殿。」「主君。」「主はん。」「大将。」「弥生ちゃん。」「弥生。」「弥生殿。」
それは確かに得てして忘れられないものだった。忘れちゃいけないものだった。
彼らが誓ってくれた忠誠を裏切るような真似は決してしないと、自分自身に戒めを説いたはずだった。
おかしいな、なんて戒めだったっけ?
なにを、忘れまいと決めていたの?
私を呼ぶ声も、差し出される手も、顔も、呼び方も、背中も。すべて朧気で。
朧気なまま、「貴女は忘れるべきなのです」
頑丈な蓋をされた。
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