伊勢崎 ウエディング
幼い恋だったんかな。オレには分かんねぇや。

「指揮官さんのそんな姿、初めて見た」
「そりゃあね、ウエディングドレスですから。私も人生で初めて着たよ」
「いつもスーツ姿だったから、なんか新鮮」
「私も。妙にむず痒い感じ」
「超貴重じゃん。携帯で撮っていい?」
「えー。ブーケトスの時ならいいよ」
今はまだ駄目、と照れ臭そうにはにかむ指揮官さんに、胸が軋む。けれど決して悟られないように、オレもつられて笑った。……ブーケトス。その時には既に他の男のパートナーとなった指揮官さんで、|俺たち《圏》の指揮官さんじゃあなくなる。もう少し先の未来の話だけど、でも数時間後には必ず訪れるその瞬間を想像しては、無性に泣きたくなった。
「指揮官さんに迷惑かけんなよ」そう釘を刺してきたのは良輔だったか。その場では誰に物言ってんだよクソガキ、と返したものの、まさかこんなに別れが辛く苦しいものだとは思いもしなかった。だって、……だってこんなさぁ。満たされたようで、嬉しそうで、眩しい彼女に笑いかけられると、変な夢を見そうになる。オレの花嫁さんだったらよかったのにって、叶いもしない幻想に溺れそうになる。とんだ笑い話だけど、自分でも可笑しくて笑っちまうけど、だけどやっぱ、すげー胸が苦しくて息がしづらいや。
は、と自嘲の笑みを落として、もう一回指揮官さんの全身を見返した。窓から射し込む陽光をも弾く真っ白なドレス。その姿に目を細めては、網膜に焼き付けるように瞼を下ろす。――このまばゆさが、現実だ。そう噛み締めて、瞼を開けた。そうして一緒に開いた唇から出てきたのは、どこまでも素直じゃない減らず口で。自分を殴りたくなった。
「そういえばまだ言ってなかったっけ。馬子にも衣装ってやつ? ……ドレス、似合ってるよ」
脈絡もなく放たれた言葉に、指揮官さんはぱち、ぱち、と何度か瞬きを繰り返す。その様子に「正義たちには先に言われてたみたいだけど、オレだけは伝えてなかったから。言うなら今しかないと思って」などと言い訳がましく述べると、彼女は肩を竦めて破顔した。
「ありがとう、伊勢崎くん」
「本当のことだし、お礼言われるほどのことでも」
「ううん。今の言葉ももちろん嬉しい。だけど今のお礼は、ちょっと違くて」
なにか含みを持たした言い方に、今度はこっちが首を傾げる。指揮官さんのことだからまた突飛もないこと言い出すんじゃないかと、若干期待したんだけど。実際に彼女の口から放たれた言葉は、思ったよりオレの心臓に殴りかかってくるものだった。
「ザリガニ釣りとか、ムシとり大会とか、私は経験したことなかったから。伊勢崎くんと過ごした時間は、私のなかで宝物のような思い出になってるんだよ」
「……!」
じわ、と目頭に熱が集中して、じくじくと痛み出す。うっかり零れそうになる声に、しかしオレは指揮官さんを抱き寄せることで自分の顔を見られないようにした。ドレスが型崩れしないように配慮はしているから、せめて、せめて今だけは縋ることを許してほしい。
奥歯が砕けるんじゃないかと思うほど歯噛みした。指揮官さんを抱く手のひらを握りしめて爪を立てた。睫毛を湿らす水の正体に、気付かないふりをした。本当に言いたいことを飲み込んで飲み込んで、ようやっと出てきた言の葉は。
「……ぜったい、幸せになれよ。じゃなきゃオレも怒るかんな」幼くてもなんでも、この感情を恋と呼ばずして何と呼ぶのだろう。ほんとはこの先もオレが守ってやりたかった。そう、思うのは。
(指揮官さん、結婚、おめでと)言えなかった、言葉。
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