(うわあああ浴衣姿の花礫くんも艶やかで素敵っていうか色っぽくて普段とはまた違った魅力があるというかとても筆舌には尽くしがたくてもう何なの本当にこの子十五歳とか年齢詐称してるんじゃないのかな)
(ああクソいったい何なんだよたかだか浴衣着ただけだってのにこんなに劇的に変わるもんかフツー? しかも化粧の仕方とかも微妙に変わってて口とか頬とか何つーか美味そ……って、いや、ナニ考えてんだ俺さては暑さで頭沸いてんじゃねーのかキモい)
(つまり何が言いたいかというと、)
(直視出来ねえ……!!!)

「もだもだしてないで行ってきなさいよバカップル」
────と、二人を着飾って満足したイヴァから用は済んだらお払い箱とばかりに冷たくあしらわれ、名前と花礫は現在艇を降りて喧騒と雑踏が行き交う人混みの中に紛れていた。

夏の風物詩の一つである花火大会。
平門から「たまには息抜きでもしてきたらどうだ」と珍しく快い許可が下り、與儀や无、ツクモといったお馴染みのメンバーでお祭りに来ていた。
とはいえど、せっかくカップルが二人きりで過ごせる時間に水を差すような無粋な真似はしたくない。「二組に分かれて別行動をしましょう」とツクモからお膳立てされ、早々にお祭りデートと化した事実に混雑した道なりでも名前の足取りは軽かった。
軒下に連なる屋台の電灯。
選り取り見取りな食べ物の芳ばしい香りが食欲をそそり、これぞ祭りの醍醐味だとついあちらこちらに目移りしてしまう。そそっかしい名前の姿を見て、少しでも目を離せばはぐれてしまうんじゃないかと懸念した花礫は渋々と手を繋ぎ、周りへの注意が疎かになっている彼女を時折窘めながら他人にぶつからないよう用心しつつゆっくりと歩いていた。

まったくどっちが年上なんだか。
そう内心では呆れ返りつつも、はしゃぐ名前の楽しそうな顔を見て悪い気はしない。何だかんだ自分もゆったりとした時間を満喫しているし、この際気分転換がてら羽目を外すのも良いかと花礫は物思いに耽けていた。

「なんだかカラスナに行った時のこと思い出すなぁ」
「……カラスナだったらお前みたいな脳天気なツラした女は直ぐカモにされるっての」
「またそうやって意地悪言うんだから……あ、射的がある!」

途端に目を爛々と輝かせ、屋台を指差した名前を見て嫌な予感が胸を過ぎった。
すると案の定、彼女は期待に染まった眼差しで花礫のことを見上げてきて。無言の訴えに屈するものかと最初は無視を決め込んでいたが、繋いでいた手をくいくいと引かれて結局根負けした少年は聞こえよがしに嘆息を吐いた。降参の印と取れる所作に名前の笑顔はいっそう明るく眩いものに。花礫はこの無邪気な笑顔に呆気なく絆されてしまった自分が無性に腹立たしくなった。

「……で? 何が欲しいんだよ」
等間隔に置かれて並べられた賞品達。お金を払って鉄砲を店主から受け取った花礫は億劫そうに名前に訊ねた。
気乗りしないけどやむを得ず、といった姿勢だが何だかんだ希望は叶えてくれるらしい。

相変わらず不器用な花礫の優しさに名前は微笑みながら、陳列された物品をひとつひとつ品定めしていく。ひと頻り眺めたあと、ふと目に留まるものがあった。
ふんわりとしたレースに所々ビーズがあしらわれた中細のブレスレット。
以前カラスナで同じく花礫に射的で穫って貰った髪飾りにそこはかとなくデザインが似ていて、お揃いで着けても違和感無いんじゃないかなとイメージを膨らませる。
ブレスレットを目にしてから微動だにしなくなった名前を見て、あれが欲しいのかと狙いを定めた花礫はこなれた手付きで引き金を弾いた。弾は見事腕輪にヒット。驚いたように瞠目する名前を尻目に、景品を受け取り硬直している彼女の手首にそれを通した。

「ん、ピッタリじゃん?」
「あ、りがとう……。それにしても凄いね。暫く銃なんて持ってないのに、花礫くん狙撃の腕とか全然落ちてないんだもん」
「感覚とか身に染み付いてんだよ。……ま、それでもあの艇に乗せられる前に比べりゃある程度鈍った気はすっけど」

どことなく苦い顔をする花礫に「それでも凄いよ、」と名前が自分の手首に嵌ったブレスレットをなぞって首を振った。淡い薄紫色の浴衣には少々不釣り合いな白と金の輪っか。けれど名前の白い肌には程よく馴染んでいて、心の底から嬉しそうに破顔する相手に花礫は密かに胸を撫で下ろした。
実際、感覚が鈍った気がするのは否めなかったから、もし失敗でもしていたら面目無い上に己の意地とプライドが許さない。

「これで文句ねーだろ」と踵を返した花礫に名前が喜色満面の笑みで頷き後を追った。言葉にせずとも自然と絡まった二人の指先。
しゃらん、と腕輪が心地好い音を鳴らした。

「で、花火どこで見んの?」
「よく見える絶好の穴場があるんだって。そこでツクモ達とも合流しようってあらかじめ約束してたし、ひとまず先に行って場所だけ確保しておく?」
「……やっぱあいつらも居んのか」
「え? ダメ?」
「駄目っつか……」

人の気持ちぐらい察しろよこのバカ! と小首を傾げる名前に胸中毒づいた。
どうせ二人になったんなら祭りが終わる最後まで二人きりで過ごしたい。しかし常から物事ははっきり率直に言っても素直に本心を吐露する、という事は滅多にしない花礫にとってまさか自分からそんな気恥ずかしいことを打ち明けられる筈もなく。

彼にしてはもごもごと珍しく口ごもった後、吹っ切ったように舌を打って名前の手を有無を言わさず引っ張った。浴衣に下駄、といったスタイルのため危うく躓きそうになったが、そこは花礫が支えてカバーする。
強引に、けれど名前が疲れないようになるべく歩調に気をつけて人の間を縫っていき、どこかへ向かって突き進む。そんな花礫の後ろ姿に疑問を抱きながらも、懸命に足を動かして着いていく。
奥に進むにつれて徐々に人気も失せ、灯りも無い階段を登りきった時には既に名前の息は弾んでおり、「体力ねーな」と平然と振る舞う花礫の言葉に反論しようと顔を上げた。

──が、思考が止まった。
顔を上げた瞬間、真っ暗闇の空を彩った大輪の花。紅、紫、黄金、様々な彩色が耳朶を強く打つ轟音と共に咲いては千々に散って宵に溶けてゆく。
名前と花礫が佇むのは鬱蒼と茂る木々に囲われた高台。だけども視界は良好で見晴らしも非常に良く、自分たち以外人も居ないので花火をのんびりと楽しむにはこれ以上ない打ってつけの場所だった。
呆気に取られた様子で花火に目を奪われている名前に花礫が言う。

「あいつらはあいつらで好き勝手にやってんだろ。その絶好の穴場とやらに行ったところでこの人混みん中そう簡単に合流出来るとは思わねぇし、だったら俺らは俺らで人が空くまで此処に居よーぜ」
「……與儀たち大丈夫かな?」
「ツクモも居るんだからそんな心配しなくても大丈夫だろ、……多分」

それもそうか、と安心したように笑った名前に花礫もふと微笑した。
しっかり者のツクモならきっと與儀達が騒ぎすぎていても諫めてくれるだろうし、うっかり目を離すことも無いだろう。それはそれでツクモはしっかり祭りを楽しめているのだろうかと問われれば甚だ疑問なところだが。

だが他でもない彼女が気を使って花礫と二人きりにしてくれたのだ、厚意に甘んじて自分もとことん満喫しなければ罰が当たると名前は色とりどりの花火を見上げる。
その横顔を一瞥して、花礫もまた倣うように大輪の花をじっと見上げた。

「……なんか、ほんっと……拍子抜け」
「え? こんなに綺麗で圧巻なのに?」
「違ぇーよ、花火のことじゃなくて……无と出逢って、艇に来てから能力者とか火不火とか色んな事があってここんところ忙しなかっただろ。だからこんなゆっくりってか、穏やかな時間に気ィ抜けたっつーか」
「……そか……うん、そうだね」

でも出掛け先で毎度トラブル起こってたら身が持たないよ。と苦笑する名前にそりゃそうだと花礫も鼻で笑う。

────本当に、あの白髪の無垢な少年と出逢ってから自分の人生は瞬く間に変貌を遂げて逆転した。
汚いままで良かったのに、汚いままが良かったのに。艇の人々は温かくて、どれほど花礫がすげなく突っぱねようと何度も何度も笑顔を向けてきて否応なしに手を引っ張って一緒に進んで。中でもこの恋人は、名前は飛び抜けて一番しつこかった。
近寄るな話しかけるなと花礫が牽制しても懲りることは無く、あまつさえ飽きもせずに好きだとひたすら、真っ直ぐに想いの丈をぶつけてきて。されど花礫が無茶をすれば涙目ながらも怒って、心配して。
居心地の悪さを感じることも多々あった。けれど今思えば、それはいつだって真剣に自分のことを想っていてくれたからなんだと実感する。

その優しさも、温かさも、ツバキと同じように一度失いかけてしまったけれど。
不意に名前の血濡れた姿を思い出して、花礫は花火を眺めながら繋いでいた手をぎゅっと強く握り直した。

「……知らないままで良かったとか、 もう今さら言えねぇよ」
「 え? 花礫くん今何か言った?」
「うるせー、もういーわお前とか超どうでもいい」
「何いきなり!?」
「うそ。──、」

花火が打ち上げられると同時に花礫の口から放たれた言葉に、名前は瞳を見開いた。
彼の声はいつ如何なる時でも聞き逃さない。ある意味執念だなと呆れつつ、名前は「……私も。」と幸せ一杯に屈託なく笑った。

繋いだ手のひら、重なる影。
一度隔てた筈の道は再び交わり、今後分かれることは無いのだろう。二人がそう望む限りずっと、永遠に。
喩えいつ訪れるかもしれない肉体的な死が二人を裂こうとも。
在るがままのこころは、そばに。

(やっぱどう考えてもお前がいい)
(やっぱりどう考えても貴方がいい)
あいしてる、なんて陳腐な言葉よりも伝えるべきことは他にもたくさん在るのです。
ALICE+