※本編のネタバレあり、梛夢


打算的なのは父親似。
人懐こいのは母親似。
けれど幾ら人懐こいと云えどそれはあくまで表面的。
笑顔で分け隔てなく接するようにはしているけども、自分に応分のメリットが無ければ進んで人に関わっていこうとは思わない猫かぶり。

偽善者?
いえいえ世渡り上手なだけなんです。
自ら敵を増やして自分の体裁を悪くするような首を絞める真似はしない。ちょっと愛想良く振る舞えば評価は上々うなぎ登り、ジキルとハイドの顔を巧みに使い分けている、二面性溢れる末恐ろしい青年。
父親がそこんところ不器用だった分、周りに誤解されやすいタイプだったから見て学んだ。
つまり言い方は余りよろしく無いが幼い頃より反面教師にしていたのである。

世知辛い世の中、器用に人の間を掻い潜って生きてくには多少の算段も大切デショ?
いっそ清々しいほど開き直る青年に悪びれなんて言葉は欠片も無かった。

「なんかお前あのクソメガネの性根そっくりになってねぇ……?」と胡乱げな表情を見せる父、失笑する母、堂々とソファーを陣取る息子の姿は端から見ればシュールだったに違いない。異様だった。

「父さんさ、昔、僕に言ったことあったよね。好きな女性が出来たらとりあえず孕ませるなり何なりして逃げ道塞げって」
「花礫くんそんなこと言ったの!?」
「……あー……言ったかも?」
「成し遂げたよ」
「は?」
「今七週目だって」
「……なっ、〜〜なぁっ!?」

サラリととんでもない爆弾を投下した息子に母は絶句しながら今にも卒倒しそうで、そんなこともお構いなしに父と息子は暫し見つめあった後、お互い親指をグッと立てて意思疎通。
無粋な言葉を交わさずとも青年には分かる、偉大なる父の目は「でかした」と告げていた。
その後二人揃って彼女にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。男達も憤慨する母には逆らえなかった。

その時のことを包み隠さず赤裸々に明かせば腕の中に収まった名前はクスクスと笑う。挙げ句ざまぁみなさいと悪態をつかれ、てっきり慰めてくれるだろうと期待していた梛は不満げに唇を尖らせた。

「そんなに笑わなくてもさぁ……」
「当然の報いだ、ふふっ」
「……やっぱりまだ怒ってる?」
「当たり前でしょ。騙すような形でわざと避妊してなかったなんて……私じゃなかったら訴えられてたよ絶対」
「誰かさんにもブン殴られたけどね」
「拳一つで示談成立したんだからむしろ感謝して欲しいぐらいなんだけど?」
「ごめんなさいでした」

誠意を感じない! ギリギリと頬を抓られても痛い痛いと言いながら顔は笑っている。
ったくもう、と全然反省した様子をおくびにも出さない相手に名前は呆れ混じりの溜め息を吐いて解放し、梛は仄かに熱を持った自分の頬を摩ってへらりと笑った。
まだ膨らんでもいない彼女のお腹を撫で、心から愛おしむように目尻を窄める。

────将来はままと結婚する! なんて言っていた梛も、あっという間にスクスクと成長して立派な大人になっていた。現在年齢は二十一歳。職業は国家防衛機関『輪』貳號艇闘員。
とはいえ現役で働いてる両親に比べたらまだまだひよっこである。そのため父、花礫には良いようにこき扱われることが殆どで、親子が睨み合っているお馴染みの光景は幾つ歳を重ねても消えることは無かった。

そんな彼も、いよいよ一児の父となる。
愛しいと思える女性と出逢えて、半ば強引に押しては引いて魅了させて。駆け引きには大分手間と労力を要したが、結果粘りに粘って意中を射止め、今があった。
ずる賢すぎるにも程があるよね……、と捕まった被害者は項垂れたという。追いかけ回されてた当時のことを思い出して遠くを見据える名前に梛が気づくことは無い。
お腹を撫でながら大層ご機嫌だ。

「……僕さ、こうするの夢だったんだ」
「うん?」
「僕の下にも妹が居るんだけどね。その妹がお腹に入ってる時、悪阻も酷くてグッタリしてる母さんを父さんがつきっきりで看病してて側に居るのを見て、息子の僕でも間には入れない強い絆みたいなのを垣間見た気がしてさ。夫婦独特の信頼関係っていうか……、スゴイ憧れてたんだ。僕ら家族には戸籍なんてものは無いからホントは夫婦って言って良いのかも危ういんだけど、でも二人とも元は他人同士なのにあんな風に寄り添い合える関係って良いなぁって。ましてや大人になればなる程に、そんな崩れない関係を築くことなんて結構難しくなるだろ?」
「……うん。私も梛のご両親は、見てて羨ましいなぁってつくづく思うし尊敬する」
「僕の自慢の親だから」

まあ、昔はわりとやんちゃして父さんも母さんも困らせてばっかだったけどね。
ペロリと舌を出しておどけた梛に、名前は心中両親の苦悩を察した。
頭の回転が速いこの青年ならきっとあの手この手で両親を振り回したのだろう。「息子が順序すっ飛ばしてごめんなさい」と涙ながらに土下座してきた梛母の姿が脳裏に蘇る。
お互い苦労が絶えませんね……と慌てて小刻みに震える背中を宥めてその場は納めたのだが。因みにその傍らで梛と花礫は肩を組みながらなにか神妙な面持ちで話し合っていた。内容は知らないし知りたくも無いのだが。

お願いだから父親には似ないでね。
梛の手の上から自分のお腹に手を当てて名前は心の中で語りかける。
梛のことは好きだけれど、外見は似ても中身までは似ないで子供らしく産まれてきてください。純粋を希望する名前は切実だった。

「……出来れば喧嘩はしたくないけど、相手に言わなきゃ伝わらないことも多いでしょ」
「そうだね。特に梛は本心隠すし」
「ええ? そんなこと無いよ」
「そんなことあるの」
「……まあそれは一旦置いといて。その時は一時的に気まずい雰囲気になるかもしれないけど、長い目で見ればちゃんと話し合ってよかったって思って笑えてる僕らがいると思うんだ。これまでもそうだったし」
「つまり?」
「名前とはいつまでも、言わなければよかったっていうよりも、言ってよかったって思えるような関係でいたいなって」

本心を吐き出せる、居場所。
唯一ありのままをさらけ出せる、空間。
かの父と母が作り出したあの安らぎに満ちた空間を、僕らも同じく。

穏やかな眼差しで腹を撫でる梛は、表向きに装って居る彼では無くありのままの、自然体の梛だった。
葬送任務に加え、激務に追われた日々。重圧に責任は、いつだって彼の肩にのし掛かって。一般人である名前には想像もつかない、程遠い世界だった。

「…………梛」
「んー?」
「いつもお疲れ様。これからも頑張ってね、ぱぱ」
「……ん、がんばる」

名前の言葉に破顔一笑した梛の顔は安らいでいた。彼女の細い肩に顔を埋め、和やかな時間に瞳を閉じる。
トクリ、とくり。
鼓動は三つ重なって。
過ぎて行くこの時間を一分一秒でも大切に慈しみたいと、やがて影は一つに繋がった。
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