────これからお話することは、一介の女が語る世迷い言と請け取ってもらっても構いません。
これは途方もなく、荒唐無稽で、現実離れした、酷い御伽噺のようなものだと解釈して戴ければ幸いです。
「……おいコラ、俺の許可無く勝手にこんな道端で寝ようとしてんじゃねえ。汚ぇだろうが」
ええ、ええ。
そりゃあ、潔癖症のあなたから見たら今の私は巨人の涎塗れな上に泥だらけで汚いでしょうね。自分でも思うもの。
だけど、ごめんね。疾うに腕を動かす力さえ碌に入らないの。
自由の翼を背負い、空を翔るあなたの隣で飛ぶことはもう出来ない。
気力も体力も底を尽き、脚も失った。
この命の灯火も、まもなく潰える。
然れど彼は、人類の希望は。
「良いか、絶対にその目かっ開いて綴じるんじゃねえぞ。帰ったらお前にはまた早速夕餉を作って貰わないといけねぇんだからな」
……、それは。
帰ってもまだまだ仕事は山積みなんですね。
「ああそうだ。だからこんな所で自分だけトンズラ漕いでラクしようなんざ思うなよ」
ふふ、手厳しいなあ。壁外調査から帰ったら一日休暇をくれるって、この前約束したばかりじゃないですか。
「副兵長としての仕事は、な。ウチには食べ盛りの野郎共がうじゃうじゃ居るんだ。限られた食材で、お前じゃなきゃ熟せねぇだろ」
…………そう、ですね。
「……おいあだ名よ、手前の心臓は誰のモンだ。国でも人類でもない、誰に捧げた」
私の、心臓は──。
「……人類最強の、貴方たったひとりの為に」
そう、総ては孤高に立つあなた一人だけの為に。
そこで、女の意識は途切れた。
二度と目覚めることはありません。
痛みに顔を歪めることも、笑うことは疎か声を発することもありません。
側にいた男は最後まで泣かなかった。
女が永遠に憧れた男のまま、半身を巨人に喰われ失った女の遺体を、その逞しい腕に聢と抱いて凛と背筋を伸ばしていた。
体が女の血に濡れることも厭わず、ただただ脱け殻となった愛しい骸を腕の中に閉じ込めた。
その日を境に、蒼空を翔る隣は空っぽになってしまいました。
────これは途方もなく、荒唐無稽で、現実離れした、
でも、本当に在ったお話。
(……懐かしいなぁ)
女は目蔭を翳し空漠と広がる蒼空を見上げた。
鳥が自由に羽撃くこの世界は一見争いなど無いようにも思える。少なくとも「前」のように人間が巨人の存在に脅かされることはなく、いつか夢見た平和という形そのものなのだろうと女は思惟に沈んだ。
けれど、何処の世界にも争いは必ずあるもので。
今の自分が対峙する敵は、巨人ではない。
能力者と能力者を生み出す、火不火の存在。
「世界」は遠くとおく離れてしまったけれど、
どんなに手を伸ばしてもあなたに届くことはないけれど、
あの日あなたに捧げた筈の心臓は、今は別の人間に預けてしまったけれど。
それでも供に歩んだ軌跡は、潰えることがなく。
今も猶、「私」の中に残ったまま。
「……意趣返しですか? 私が、あなたの最後の命令を守らなかったから」
帰ったら夕餉を作れという命に背いてしまった。
だから、──こんな記憶を。
「きっとあなたはザマァミロと憎たらしい顔してせせら笑ってるんでしょうね。想像したら心底腹立ちますけど」
世界は、残酷だ。
そして何よりも、美しい。
女はふと笑みを零した。
「料理長ー! 平門サンが呼んでたよー!」
「、いま行きます!」
ねえ、リヴァイ。
どんなに足掻いても、あなたの荷をすべて拭い去ることは出来なかったけど、結局また背負わせてしまったけど。
私は今、ここで生きています。
次会えるのはいつになるか解らないけど、もしまた巡り会えた、その時は。
(今度こそ、あなたの肩の荷を供に)
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