「ねえ、殺すよ?」
「開口一番でそれかよ」
出会い頭に殺害予告を受けたシュテンドウジが、鼻持ちならない相手の発言に頬を引き攣らせる。が、不満を垂れる前にただならぬ気配を感じて後ろに大きく飛び退くと、彼が今先ほどまで居たその空間を、閃く太刀が一閃した。パラ……と視界の端に紫色の髪が散っていくのが見える。回避するのが一秒でも遅かったら散ったのは髪ではない、己の命だっただろうと事の次第を理解したシュテンドウジは肝を冷やした。蔵からくすねてきた酒と摘みを脇に抱えつつ、奇襲だなんて姑息な手を使ってきた小柄な少年──モモタロウをキッと睨み付ける。
「テメェ……どういうつもりだ! 気付くのがあとちょっと遅れてたらポックリ召されちまってただろうが!」
「だから殺すよって言ったじゃん」
「ンな言い訳で納得できるかクソガキッ」
「あっそう。なら納得できない単細胞は、さっさと死んだほうがマシなんじゃないかな」
再び大太刀がシュテンドウジの頭上を過ぎる。咄嗟に屈まなければ確実に首を刎ねられていただろう。モモタロウが振るう太刀の軌道は腹が立つほど精確で、なおかつ無慈悲だ。中れば致命傷は免れない。けれど今日の太刀筋は少々乱暴なようにも見えて、二の矢三の矢と繰り出される攻撃を避けつつ、シュテンドウジは訝しんだ。
(……なんでコイツ、こんな不機嫌なんだ?)
刃の猛追から垣間見えたモモタロウの表情は限りなく無だ。相変わらず、と云えばそうだが、眉ひとつ動かないというのは流石のシュテンドウジも不気味な心証を抱く。敵に、ついでに鬼である自分に斬りかかる時、彼は愉しそうに口角を吊り上げていることが大半だ。人の身でありながら、大太刀を振るい悪を断罪する姿はまさに鬼神の如き振る舞いであると、かの八咫烏も感嘆していた。
別にそれはどうでもいい。モモタロウが烏に褒められようが貶されようが自分には関係ない。しかし牙が自分に向けられたとなると、話は別だ。まったく止みそうにない追撃の手にいい加減、堪忍袋の緒が切れる。だけども、
「力が有り余ってんなら他所で発散しろよ!」──シュテンドウジの苦情は、太刀が空を裂く音に飲み込まれた。
「!」
「……あ?」
刹那、ふとした拍子にモモタロウの動きが止まった。今の彼の目は標的として定めていたシュテンドウジではなく、どこか別の場所を凝視している。視線の先に何かあるのだろうかと、モモタロウへの警戒もそこそこにシュテンドウジは振り向いた。
まず目に入ったのは彼ら八傑が「主」「頭」と敬い慕う存在が常駐する八尋殿だ。独神の加護によって蕾を咲かせた桜の花びらが、気ままな風によって舞い散る光景は何度見ても美しい。だが殺気立ったモモタロウを抑止する理由としては今ひとつだ。
じゃあいったい何が──。釈然としない気持ちも、よく目を凝らせば晴れる事となった。
シュテンドウジ、並びにモモタロウが見つけたのは、桜の木の下に腰を落ち着ける独神と、モモタロウ達と同じく八傑と謳われる神、ヤマトタケルが2人で寄り添っている姿だった。特別何かをしている、という風には見えない。ただ隣に座って桜を眺めているだけだ、とやかく言うことではない。ないけれど、も。
「………………」
モモタロウの殺気が割り増しした。
息をするのはこんなに重苦しいものだっただろうか。あたかも胸を圧迫されているような錯覚を覚える。
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