バレンタインデー

ツナ君が京子ちゃんと付き合い始めてから1週間が経った。
別に僕の日常に大きな変化はない。
京子ちゃんと休み時間におしゃべりしたり、一緒に登下校したりと、京子ちゃんと絡む頻度が増えて幸せそうなツナ君や、ツナ君との絡みを嬉しそうに惚気る京子ちゃんを見守るのは辛いけど、ファミリーとしての僕の立場も、2人の友達としての立場も変わりはないし。
獄寺君との関係も今のところ余り変わりはなかった。
それこそあんな風に行為に至ったことが嘘みたいに感じるくらいに。
というかツナ君も獄寺君も、京子ちゃんや花ちゃんに比べれば接触頻度がそもそも低いから、距離を取る必要がなかったというのもある。

僕のスクールバッグの中にはいつも獄寺君に借りた赤いマフラーが入っていて、返すタイミングを待っていた。
今日はマフラーだけじゃなくて、チョコレートと瓜ちゃん用のちゅーるも入っていた。
なぜなら今日は年に1度のチョコレート祭りの日、バレンタインデーだからだ。
既に京子ちゃん、花ちゃん、クロームちゃん、しとぴっちゃんとは友チョコを交換し合っている。
この前のお礼として獄寺君にはチョコを持ってきたんだけど、獄寺君はモテモテなので1日中女の子に囲まれていて、チョコとマフラーを渡す隙がなかった。
放課後になった今も獄寺君の状況は変わらない。
全然チョコを渡せそうになくて困った僕は、こっそり獄寺君にこの後少しだけ時間が欲しい旨をメールした。
するとすぐに返信は返ってきた。

<こいつらなんとかしてくれ>

うん、獄寺君に片想いする女の子達を敵に回すようなことをしろってことかな?
彼女達のチョコを妨害したら、めっちゃ恨みを買いそうだけど。
でもやるしかないか。
獄寺君にはこれくらいしたって返せないほどの恩と申し訳なさがあるから。
僕はスクールバッグを持って、帰り支度は済んでいるけど女の子達のせいで帰れなさそうな獄寺君の方へ向かった。
女の子達を無理やり掻き分けて、獄寺君の前に立つ。

「獄寺君、昨日約束した通り一緒に帰ろ。」

獄寺君の返事を待たずに彼の手を握って引っ張った。
女の子達は呆気に取られた様子で僕らを見ていた。
まさか彼女達も僕という伏兵がいるとは思っていなかっただろう。
獄寺君とそのまま学校を出て、なんとなく獄寺君ん家へ向かう道を歩く。
何人かの女の子達は思いっきり僕らを追いかけてストーカーしていた。
もうすぐ公園の前を通るからそこで一旦止まって話そうかなと思ってた時、思わぬ伏兵と遭遇してしまった。
小道の角からフッと現れたのはビアンキさんと奈々さんだった。
もちろんビアンキさんは顔をどこも隠しておらず、獄寺君は「ア…姉貴!?」と声を上げた後そのまま後ろに倒れ、僕は慌てて獄寺君の体を支えた。
完全に気を失ってる。

「あら、獄寺君に優希ちゃんじゃない。」
「こんにちは、奈々さん、ビアンキさん」
「ええ、こんにちは。」

奈々さんはいつもの調子で明るく挨拶してくれる。

「なんか久しぶりね、優希」
「そうですね。最近会えてませんでしたね。」
「にしてもハヤトったら……。ホント仕方ない子。」

ビアンキさんはため息をつく。

「こればっかりはなかなか治りませんね…。」

そう言いながら僕は獄寺君を背負って2人分のカバンを肩にかけた。

「獄寺君大丈夫かしら?うちで休ませる?」

奈々さんの提案は丁重にお断りした。
だってビアンキさんが視界に入らないようにならないと治らないから。

「いえ、獄寺君ん家の場所知ってるのでこのまま送っていきます。」
「じゃあお願いするわね。またうちにご飯食べにいらっしゃい。」
「はい、ぜひ」
「じゃあね、優希」
「はい、ビアンキさん」

そうして2人と別れて僕は獄寺君ん家へ向かった。
途中ストーカーしてる女の子達を上手く撒いて、獄寺君ん家の前に着くと勝手に彼のカバンを漁り鍵を取り出して、部屋へ侵入した。
獄寺君をベッドに寝かせて布団をかけ、エアコンのリモコンを探す。
勝手につけていいか迷ったけど、体調悪い時は体優先だろうと思って暖房をつけた。
家に帰ってから瓜ちゃんを放っているのか、瓜ちゃんの姿は見当たらなかった。
どこに何があるかわからなかったから、とりあえず僕のハンドタオルを濡らして絞って、獄寺君の額に乗せた。

「う…」

獄寺君は眉をピクリと動かした後、薄ら目を開けた。

「守屋…?」
「大丈夫?」
「ああ…」

獄寺君は上体を起こした。

「運んできてくれたのか?」
「うん。女の子達はちゃんと撒いたよ。」
「わりぃな。」
「ごれぐらいどうってことないよ、獄寺君が僕にしてくれたことを思えば。」

獄寺君は不思議そうに眉間に皺を寄せる。

「…オレ、なんかしたか?」
「だって獄寺君はいつも僕の心を守ってくれるじゃん。」
「抽象的でわかりずれーよ。」
「うーん、1番最近の例で言うとツナ君と京子ちゃんが付き合った日かな。学校から連れ出して遊んでくれて、僕の無茶振りにも答えてくれたじゃん。」
「それは……おまえが余りにも落ち込んでたから。」

獄寺君はそう言うと僕の頬に手を伸ばした。

「もう大丈夫か?」
「辛くないと言えば嘘になるけど、もう大丈夫だよ。」

僕の頬に触れてるその無骨な手を覆うように僕の手を重ねる。
獄寺君の手は温かい。
安心してずっと触れていたくなる。
でも獄寺君に甘えちゃいけないな。

「……そうだ、この前マフラー貸してくれたでしょ?そのお礼も兼ねてチョコと瓜ちゃん用のちゅーるも持ってきたんだけどいる?」
「ああ」

一旦獄寺君から離れて僕のバッグを漁る。
畳んだ状態のマフラーとラッピングされたチョコレートとそのままの状態のちゅーるを持って振り返ると、獄寺君が僕の後ろに立ってた。

「はい、これ。」
「ありがとな。」

獄寺君は素直に受け取ってくれて、ソファに腰掛けた。

「料理得意じゃないから既製品だけど。」
「別にそんなこと気にしねーよ。」
「いつもありがと」
「おう」

早速開封する獄寺君の隣に僕も座る。
獄寺君はチョコを1つ口の中に頬張った。

「ん、うめぇ。」
「そりゃ良かった。」

結構悩んで選んだだけあって、めっちゃ美味しそう。
獄寺君は次のチョコを食べながら僕をじっと見た。

「……食うか?」

チョコを摘みながら彼は尋ねてくる。
ゴクリと唾を飲む。
めっちゃ食べたい。
気付けばコクコク頷いていた。
獄寺君はそんな僕をしょうがないなという目で見て破顔する。
そしてそのままチョコを僕の口もとに持ってきた。
獄寺君の指に気をつけつつ、パクリとチョコを食べる。
少しだけ唇が獄寺君の指に触れて、内心ドキドキしつつチョコの味に集中する。

「へへ、美味しい」

思わず顔が綻ぶ。
やっぱり甘いものは美味しい。
獄寺君向けにビターなやつを選んだけど、それはそれで上品でほのかな甘さが引き立って美味しい。

「おまえ、本当幸せそうに食うよな。」

いつかと同じ台詞だ。
獄寺君はいつもの感じじゃなくて、瓜ちゃんを見守る時のような柔らかい笑みを浮かべてる。
かっこいい。
温かい視線を向けられている事実になんか顔に熱がこもる。

「…………そりゃ、女の子にチョコ持って追いかけ回されても仕方ないや。」
「は?」
「なんでもない。」
「はぁ…?」

イケメンってズルい。
ヤンキーっぽい見た目に反してインテリで、賢いのにUMAが大好きなんてギャップも、女の子から見たらキュンキュンくるんだろう。

「守屋」

名前を呼ばれて意識が獄寺君に向く。
獄寺君はまた僕の口にチョコを運ぼうとしていた。
そのチョコはトリュフでココアパウダーがかかっていた。
それをパクリと口に含むと、獄寺君は指についたココアパウダーをペロリと舐めていた。

「なんかその動作エロい。」

思わず感想を口にしてしまっていた。
獄寺君は頬を赤く染めつつ驚愕の表情を見せる。

「はぁ!?」
「………えーと、ごめん、変なこと言った。」
「おまえ、欲求不満か?」
「いや、そんなことはないんだけど…」

ない、と思いたいけど実際どうなんだろう?
だってあれから正直毎晩獄寺君との行為を思い出した。
その度に下半身がうずうずして、獄寺君の触り方を真似て自分で自分を慰めた。
そう考えると僕は欲求不満なのかもしれない。

「……………守屋が嫌じゃねーんだったら…」

獄寺君はそう言いかけて口を噤む。
最後まで言わないのは、良心の呵責からか、体だけの関係に思うところがあるからなのか。
もしかしたら両方かも。
どうするのが正解なんだろう?
獄寺君のためなら何でもできる…と思うけど、そもそも恩だけで体だけの関係を続けるのもどうなんだろう?

「守屋……」

熱のこもった視線で獄寺君は見つめてくる。
その意図がわからないほど、僕は鈍感じゃない。
それに女性として求められていることが嬉しい。
僕は制服のリボンを取り外した。

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