なぜだか分からないけれど、わたしはフロイド先輩と気が合う。”波長が合う”、という方が正しい感覚かもしれない。
フロイド先輩は大変気分屋で、相手を振り回すことが得意だ。双子の片割れであるジェイド先輩ならば、そんな彼のいなし方もお手の物だが、大体の人間はフロイド先輩の身勝手さに辟易してしまう。
気まぐれに相手をからかい、執着し、飽きたら離れていく。まともに彼の相手をしようとすればするほど、疲れてしまうだろう。
しかし、わたしはそんなフロイド先輩が嫌いではなかった。もとの世界にいたときも一匹狼だったわたしだ。人が近づいたり、離れたりしたところで、なんとも思わない。
すると、そんなわたしを物珍しく思ったのか、フロイド先輩は積極的にわたしを構うようになった。自分を邪険にしないが、興味も持たないわたしは、奇異な人物として彼の目に映ったに違いない。
「小エビちゃん、授業サボろう〜」と言われれば一緒にサボった。「小エビちゃん、一緒にご飯食べよう〜」と言われれば一緒に大食堂に行った。「小エビちゃん、一緒に泳ごう〜」と言われれば足だけ水につけてバシャバシャと水遊びをした。
一度遊びだすと、フロイド先輩は長いことわたしを解放しようとしない。同じクラスのエースやデュースから連絡が入り、遊びを抜けようとすると、ものすごい力で引き留められる。あの大きな体がだらりとわたしに覆いかぶさり、「勝手にオレから離れるとかダメ〜、本気で怒っちゃうよ?」と笑いながら軽く首筋を噛まれる。(あのギザギザの歯は痛いというよりくすぐったい)
「監督生、お前ってフロイド先輩と付き合ってんの?」
ある日エースにそう言われた。全然違うのでもちろん否定する。ただの友達ってやつだ。
「じゃあ、2人は本当に仲がいいんだな。リーチ先輩があれだけ気に入る人間って、きっと監督生だけだと思うぞ」
デュースはひどく納得した顔でそう言ったけど、エースの方は「ふぅん、そんなもんかねぇ…」と訝しげな表情だった。
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「小エビちゃぁん、なーにしてんの?」
校舎から少し離れた庭園の芝生の上で、ぼんやりと空を眺めていると、大きな影がわたしにかぶさる。こちらを覗き込むフロイド先輩が眼前に現れた。
「昼食を食べ終わったので、ここで休んでたんです」
「ふぅん、なぁんか眠たそう」
フロイド先輩はにぃっと緩く笑うと、わたしの隣に座った。折った長い脚に上半身をもたれかけさせ、「小エビちゃん見つけちゃったから、午後の授業サボっちゃおうかなぁ」なんてのんびりした口調で言う。
「わたし今日はサボれないんです。大事な実験があるので、出ないと単位落としちゃいます」
「え〜〜〜つまんないの、オレと遊んでよぉ」
あっという間に不服そうな顔になるフロイド先輩。けれど、ダメなものはダメだ。彼がわたしの頬をつねったり、鼻をつまんだり、子どもみたいな意地悪をしてきても、授業に出るという自分の意思は曲げなかった。
「ねぇ、小エビちゃん。オレいっこ聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「オレたちの関係って、なに?」
「えっ…?」
フロイド先輩はいつものニヤニヤ顔でこちらを見ている。他意はなさそうで純粋にわたしに質問しているようだ。
「えぇっと…そうですね、まあ…友達、でしょうか?学年は違いますけど」
「友達かぁ〜」
わたしの髪に指を絡ませたり、毛束をつまみ上げたりと、髪を弄びながら彼が言う。
「じゃあさ、相手に欲情しちゃっても、それは友達って言える?」
「え…?どういうことですか?」
「だからぁ、友情って相手に欲情しても関係成立すんの?」
「し……しない、のではないでしょうか」
「ふぅん、そっか〜」
さっきから変な質問ばかりするフロイド先輩に、嫌な予感が胸をよぎる。すると案の定、わたしを逃がさないかのように左手首を掴まれた。
「あのね、オレ昨日の夜、小エビちゃんのこと考えてたの。そしたらね、すっごいムラムラしてきてさぁ」
わたしが何も答えられないでいると、「あはっ、もちろん小エビちゃんを脳内で汚すようなことはしてないから」と笑った。
「陸の生き物に欲情するなんてあり得ねーって思ってたけど、今じゃ異種族同士の交配とか割とふつーだしねぇ」
「………」
「あ、びっくりさせちゃったぁ?大丈夫だよ、まだ襲わないから」
いろんなことで頭が混乱していた。フロイド先輩の言う欲情ってなんだ?恋愛とはまた違うのか?ていうか”まだ”ってことは、いつかはわたしを襲うのか?不安と緊張でみるみるうちに心拍数が上がっていく。
「小エビちゃん、脈めっちゃはやーい。そんなにドキドキしてどうしたの?」
フロイド先輩がその整った顔をわたしに近づける。唇の間からギザギザの歯が見えて、今にもわたしを捕食してまいそうだ。
「あの、あの……わたしは、その…」
しどろもどろになっていると、フロイド先輩がにっこり笑った。とても優しい顔をするのに、次の行動が読めなくて怖い。
「小エビちゃんはさぁ、オレと”友達”でいたい?」
「え、」
”友達”以外の選択肢がある、ということなんだろうか。答えに窮していると、フロイド先輩が言葉を続けた。
「だってさー、小エビちゃんからすると、自分に欲情する相手は友達じゃないんでしょ?そしたらオレ、もう小エビちゃんの友達じゃいられないじゃーん。……現に今もムラムラしてるんだからさぁ」
咄嗟に彼から離れそうになるも、左手をしっかりと掴まれているので離れようがない。
「だからぁ、選択肢はふたつ。オレと友達じゃなくなるか、」
フロイド先輩が左手の人差し指を立てた。
「オレの彼女になるか」
続けて中指も立てる。2本の指をわたしに向けて、さぁどっち?と彼は首を傾げた。
わたしは無意識に彼の人差し指に意識を向けていた。フロイド先輩とは波長が合うし、一緒にいて楽しい。けれど、恋人同士になるイメージは湧かない。それに何が起こるか、何をされるか分からないから、恋人になるにはちょっと怖い相手だ。
だからわたしは、彼の人差し指に向けて手を伸ばした。そして、その指に触れるか触れないかのところで、彼は突然その人差し指を折った。
「ざんねーん!突然ですが、この選択肢はなくなりましたー!」
「なっ…え?!」
「ということで、小エビちゃんには”オレの彼女になる”という選択肢しかありませーん」
どちらかを選べと言われたのに、突然選択肢が一択になる。またフロイド先輩に笑顔で中指を立てられているという状況も相まって、わたしはさらに混乱した。
「ねぇ、小エビちゃんって、名前なんていうんだっけ」
「あ……ナマエ、です」
「ふぅん、ナマエかぁ」
彼が左手でわたしの頬を撫でる。わたしを異性として意識しているかのような、妙に艶めかしい手つきに驚いて、顔が熱くなった。
「あはっ、赤くなっちゃってかわい〜」
フロイド先輩はそのままわたしの耳や首筋に優しく触れる。途中で終わってしまったさっきの話の続きも気になるし、くすぐったく体を触られるしで、激しく心が乱される。
「じゃあ、2人のときは名前で呼んだげる、ナマエって」
「は、はあ……」
「えーなに、その反応。嬉しくないの?」
「嬉しい…です、かね。いや、その前にあの…さっきの話のことなんですけど。友達を辞めるか、恋人になるかっていう」
「ああ〜だからそれはもう決まったじゃん。小エビちゃんはぁ、オレの彼女になったでしょ」
あ、小エビちゃんって呼んじゃった、とフロイド先輩が笑った。
「そうなんですか?え?わたし、なんにも……」
「友達じゃなくなるって選択肢は途中でなくなったの、だからオレの彼女になるしかないの。はい決まり〜!」
フロイド先輩によるフロイド先輩のための重要な議決が、フロイド先輩の独断で決定された。わたしはケラケラと笑うフロイド先輩をボンヤリした目で見ることしかできない。
「ナマエ、だって。かーわいい名前……食べちゃいたくなる」
フロイド先輩が長い両手を伸ばし、わたしを引き寄せると、自分の腕の中に閉じ込める。彼の大きな体はすっぽりとわたしを包んでしまった。
「なんか、まだ戸惑ってる感じぃ?」
「当たり前ですよ、急に彼女になれだなんて…」
「いいじゃん、オレ、ナマエのこと好きだしぃ」
肩にフロイド先輩の顔がずしりと乗る。同時に、その”好き”という言葉が重みを持って腹の底に落ちた。
「ねぇ、小エビちゃんもオレのこと、好きになってよ」
なんてズルい人なんだろう。こんな状況を作られたら、意識せざるを得ないではないか。
「…好きになってくれないと、絞めちゃうよぉ」
耳元でフロイド先輩が囁く。恐怖と緊張と、またそれらとは関係のない”ドキドキ”を胸に感じて、わたしは必死で頷いた。
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