2.招待

昼休み、中庭のリンゴの木の下で昼寝をしていると、足音が近づいてきた。そのまま通り過ぎてしまうかもしれないと思い、目を閉じ睡眠を続けていると、「こんな場所で昼寝だなんて、まるでフロイドみたいだ」とぶつくさ言う声が降ってきた。そのまま狸寝入りを続けようかと思ったけれど、一向にその人物が去っていく気配がしないので、観念して目を開ける。

「こんにちは、リドル寮長」
「あぁ、随分呑気なもんだね、監督生」
リドル寮長は腕を組み、リンゴの木にもたれかかりながらわたしを見下ろしている。
「あ、次の授業は体力育成ですか?」
彼はいつもの制服姿ではなく、カジュアルなつなぎ姿だった。
「そうだ、今日は体力測定があるのでね」
「ふぅん、怪我しないように頑張ってくださいね」
「ぼ、ボクが怪我なんかするわけないだろう!」
ふんと息を吐き、そっぽを向く寮長。なにが彼の怒りに触れるのか、いまだによく分からない。

「それにしても、寝転がったままボクと会話するなんて、相変わらずキミは神経の図太い奴だ」
「誉め言葉としていただきますね」
これくらいの嫌味などもはや可愛いものだ。わたしは体を起こすと両手を上げ、体を伸ばした。リドル寮長が来るまでの20分間程度は昼寝ができたから、比較的頭がすっきりしている。

「…それでは、僕はそろそろ失礼するよ。もう授業の10分前だからね」
「えぇ、さようなら」
ちょうどいいタイミングでリドル寮長が来てくれたのかもしれない。わたしも次は移動教室だったので、起こしてもらえてちょうどよかった。

わたしが立ち上がるところを見届けると、彼は踵を返し運動場のある方へ向かおうとした。けれど、わたしの顔を見てなにかに気づいたようにピタリと動きを止める。
「どうかしましたか?」
「あ、あぁ……」
リドル寮長は少し動揺したようにわたしに近づく。そして「動いてはいけないよ」とピシャリと言った。

言われた通りじっとしていると、彼は手を伸ばしわたしの髪に触れる。するとわたしの目の前にハラハラと数本の柔らかな草が落ちた。
「まったくキミは…一人じゃ身だしなみもきちんと整えられないんだから」
「草、ついていましたか」
「あぁ、昼寝の後には洋服や髪の毛をしっかりと払うことだね」
なんだかお母さんみたいなだな、と思いながらお礼を言う。彼は物言いはきついけれど、どんな生徒に対しても面倒見がいいのはたしかだった。

「そ、それじゃあ今度こそボクは行くからね」
「はい、さようなら」
去っていくリドル寮長の歩き方が妙にギクシャクしているような気がしたが、わたしも授業に向かうことにした。

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午後は講堂での座学授業だった。うとうとするグリムを時折突ついてやりながら、先生の言葉に耳を傾ける。”魔法”という未知の分野を学ぶことを除けば、授業の形などはもとの世界とさほど変わらなかった。


「そうだ、監督生。今度うちの寮で”なんでもない日のパーティー”があるんだ。たしかお前の誕生日はまだ先だろう。よかったら来ないか?」
授業が終わるとデュースがそう声をかけてきた。
「むっ!何でナマエだけで、オレ様は誘わないんだゾ?!」
わたしが口を開く前に、グリムが不機嫌そうな顔でデュースに噛みつく。すると彼は「え、えぇと…それは…」とまごついた。

「そーだよ、お前みたいな狸はお呼びじゃねぇの」
デュースの後ろから顔を出したのは、ニヤニヤ笑いを張りつけたエースだ。
「なぜだか教えてやろうか?あのな、ナマエを誘えって言い出したのは…」
「おい!エース、お前余計なことを…」
「いいじゃん、いいじゃん。どうせすぐバレることだし」
「でも……」
「うぅ…よく分からねぇからさっさと説明するんだゾ!!」
エースはイライラするグリムを見ておかしそうに笑う。

「オレら、リドル寮長直々に頼まれちゃったのよ。こいつを誘えってさ」
エースが顎でしゃくったのはわたしだ。
「”キミたちのクラスメイトである監督生を、今度のなんでもない日のパーティーに誘うんだ。いいね”って、そりゃあもう強い口調で言われたわけよ」
「ば、馬鹿!お前、ローズハート寮長の口調を真似るなんて…」
「なかなか似てただろ?」
わたしを前にすると、止まらないくらい小言を並べ続けるリドル寮長がわたしをパーティーに誘うだなんて。面倒見のいい彼だから、この学校で浮いているわたしを気遣ってのことだろうか。というか、そのパーティーに誘うなら今日リンゴの木の下で会ったときに誘ってくれればよかったのに。

「でもたしか…ハーツラビュル寮のパーティーに参加するってことは、他寮生のわたしもハートの女王の法律に従わなきゃいけないんだよね?」
「ああ、そうなるな」
「大丈夫、オレらが教えてやるから心配すんなって!」
「パーティーではご馳走が出るんだろ?オレ様も参加させろー!!」
ハートの女王の法律は800条以上あるらしく、そのどれもが何の脈絡もないおかしな法律だと聞く。正直、わたしはその法律すべてを覚えられる気がしないし、そういうわたしがパーティーに参加した結果、現場であらゆる失態をおかしてしまう未来しか見えなかった。


「ごめん、お誘いは嬉しいけどパーティーには参加しない」
「えっ?!」
「えぇ?!」
デュースとエースが同時に声を上げる。
「待て待て待て!考え直してくれよ!オマエが参加してくれないと、オレらが首をはねられちまう!」
「そうだぞ監督生!友人きってのお願いだ、どうかパーティーに参加してくれ!」
必死に頼みこむ2人のクラスメイトに、彼らの寮長がどれほど厳しい人物なのか目の当りにしたような気がした。

しかし、気の進まないパーティーに我慢して参加するのは嫌だ。どうしても首を縦に振らないわたしを見て、エースが大きく溜息をつく。
「はぁ……オマエって結構頑固だよな。一度決めたら曲げねぇっつーか…」
「仕方ない、とりあえずローズハート寮長に報告しよう」
デュースとエースは見るからに肩を落としている。
「ふな!オレ様がこいつの代わりにパーティーに参加してやってもいいんだゾ!」
「あーはいはい、それも寮長に伝えといてやるから…」
グリムとエースがじゃれ合うのを見ながら廊下を歩いていると、デュースが小さく「監督生」をわたしを呼んだ。

「分かっているかもしれないが、ローズハート寮長はたぶん、監督生と仲良くしたいんだ」
それは、まったくもって分かっていなかったことだ。
「だからこうしてお前を誘ったんだ。それを踏まえて、もう一度パーティーへの参加を検討してくれないか?」
あまりに真剣な表情をしているデュースに気おされて「あぁ……うん、そうだね」と、つい曖昧な返事をしてしまう。すると「頼んだぞ、監督生!」と彼がわたしの背中を叩いた。力が強くてちょっと痛かった。



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