かくれんぼ(前編)

「今日はねぇ、かくれんぼしよ」
フロイド先輩が目じりを下げながらそう言った。

廊下の角を曲がったら、フロイド先輩がいた。そのときの判断の速さと言ったらなかった。わたしは一歩踏み出した足の踵を軸に、くるりと体を180度回転させる。そうして、もと来た道を戻ろうとしたのだ。

けれど、フロイド先輩が逃がさんと言わんばかりにその長い手を伸ばし、わたしの制服の後襟を掴んだので、退散は失敗に終わる。その猫をつまみ上げるみたいに後襟を掴む癖やめてほしい。苦しいし、何より「相手が少しでも本気を出したら殺されそう」という恐怖が体中に広がる。今はふざけているだけでも、彼が本気で襟元を絞め上げれば、わたしみたいな弱い人間はすぐに死んでしまうだろう。

「小エビちゃんは隠れるの下手そうだから、3回チャンスあげる。でもぉ、3回見つかったら負け」
「せ、制限、時間をっ」
「はぁ?」
「制限時間を、設けた方が、いいと思いますっ」
フロイド先輩はまだわたしの後襟を掴み続けているので、わたしは首が締まらないようにつま先立ちを強いられている。おかげで息が上がってしまうのだが、それは恐怖から来る呼吸の乱れもあるだろう。

何が楽しくてこんな男とまた遊ばなくてはいけないのか。しかも、こんな珍妙な格好でやり取りするわたしたちを、他の生徒は見てみぬふりをするように静かに素通りしていく。誰も助けてくれない悲しさ、虚無感で心が折れそうになる。

「そっかー、たしかにタイムリミットがある方が面白いかも。じゃあ、17時までオレに見つからなかったら、小エビちゃんの勝ちにしたげる。でも、その前に3回見つかっちゃったら負けだからねぇ」
フロイド先輩は突然わたしの襟を離した。急に訪れた解放感に足がぐらりとする。
「隠れる場所は校舎の中だけ、外に出たり寮に戻っちゃダメだよ〜。はい、じゃあスタート」
「えっ?!あの……」
「ほらほらぁ、早く隠れないとー。オレ、1分しか待ってあげないよぉ?」
小馬鹿にしたように語尾を上げてわたしを急かす彼に、一瞬頭に来たものの、それはすぐに恐怖に変わる。とにもかくにも、姿を隠さなければ明日の命はない。
「つか、1分って結構長ぇじゃん。やっぱ30秒しか待たねーから」
廊下を走り出すわたしを見て、フロイド先輩が言葉を付け足した。

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たぶん、1箇所に身を隠すのは賢明ではない。状況を見ながら、どんどん隠れる場所を変えていったほうがいいだろう。誰もいない教室の机の下に身を隠しながら、そんなことを思う。

とっくに30秒は経っているから、フロイド先輩は動きはじめたはずだ。彼が大股で学園内を歩き回れば、かなり効率よく探索ができてしまう。ということは、彼が追いつく前にいろいろな場所へ移動すべきだ。

たしかここからだと、実験室が近かったはず。
わたしは机の下から這い出ると、足を忍ばせながら出口に向かう。その際、壁にかかっている時計を見ると、もうすぐ16時を迎えるところだった。ドアを細く開け、素早く左右を見たが廊下には誰もいない。小走りで実験室に向かった。

今日はサイエンス部の活動がないのか、まだ活動がはじまる前というだけなのか、実験室に人の姿はなかった。安心して中に入り、隠れやすそうな場所を見繕う。
そのとき、実験室の外からコツコツという足音が近づいていることに気づいた。フロイド先輩かもしれない、と全身から冷や汗が流れ出て、慌てて近くの薬品棚がある方に進む。

薬品や実験用具が綺麗に収納された棚が、迷路のように続く。その奥に、カーテンで仕切られているような場所があった。分かりやすすぎるかもしれないが、とりあえずこのカーテンの後ろに隠れるというのはアリだ。わたしは汗で湿った手でカーテンをめくると、そっと体を滑り込ませる。


―――すぐに違和感を覚えた。
誰かに見られているような、妙に落ち着かない心地がするのだ。だけど、魔法士を育てるなどというこの学校のことだ。なにか変な用具がこの薄暗い場所にしまわれていて、その気配を感じ取っているだけかもしれない。

そう思いつつも、わたしは後ろを振り返らずにいられなかった。深く息を吸い、ゆっくりと体を後ろに向ける。


「ばぁ」


弧を描いたような口元からギザギザの歯を見せたフロイド先輩が、両手を広げてわたしを見下ろしていた。
「………っぐ!!」
フロイド先輩の大きな手がわたしの口を塞ぎ、飛び出す予定だった悲鳴は行き場をなくした。
「小エビちゃん、単純すぎ。まさかほんとにこの場所に隠れるなんて」
まさか隠れた先に、わたしを探す鬼であるフロイド先輩が隠れているとは思わないじゃないか。どんなホラーよりも怖い恐怖体験をして、今さら体が震えはじめる。

「え?そんなにびっくりした?涙目じゃん、ウケる」
フロイド先輩は手をはずすと、ヘラヘラと笑った。わたしは乱暴にカーテンを開け、出口に向かって走る。「次はちゃんと隠れてよねぇ」というフロイド先輩の声を背中に聞きながら。

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2回目もあっさり見つかった。

2階の廊下の一番奥に、授業で使われる教材などがしまわれている小部屋がある。ここにかけられている錠前は見た目だけで、実際は強く上に引けば簡単に解錠することができる。先生に教材の運搬を手伝えと言われ、一度エースとこの部屋に来たことがあった。そのとき、鍵を使うでもなく”手”で錠前を開けたものだから、エースと顔を見合わせて驚いた。

そんな小部屋に隠れていたのだけど、フロイド先輩は迷うことなくわたしの居場所を探し当てた。結構自信のある隠れ場所だったのに。

教科書やプリントの山に埋もれるようにして隠れていたわたしを引きずり出し、フロイド先輩は目を細め、悦に浸った笑みを浮かべる。恐怖よりも怒りの方が勝ったわたしは、ひょっとして人を探し当てる魔法でも使っているんじゃないかと彼の手元や制服辺りをジロジロと見た。しかし、彼のマジカルペンは胸元のポケットに大人しく収まっていた。

「隠れるの下手すぎじゃね?もう後がないよ、小エビちゃぁん」
そう言うと、フロイド先輩は再び、いーち、にーい、と数を数えはじめる。わたしは再び廊下に出ると、一目散に駆け出した。



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