脱出ゲーム(前編)

前回の”かくれんぼ”が終わってから1週間ほど、フロイド先輩から彼の「遊び」に誘われることがなかったので完全に油断していた。放課後になり、いつものように自寮に戻ろうと歩を進めていると、急に体が動かなくなる。いや、正確に言うと体は動いているのだが、その動きはわたしの意思に反している。向かう先は明らかにオンボロ寮の方向ではない。むしろ寮からどんどん遠ざかっていく。

望んでいない方向に足を運ぶ自分の体が恐ろしくなり、パニックを起こしかけた。しかしここで、「やめて!」「そっちに行かないで!」などと喚けば狂人そのもの。突然独り言を喚き出す変人として認知され、わたしと仲良くしてくれる人間は一人もいなくなってしまうだろう。だから、わたしは青ざめブルブルと震えながらも勝手に動く自分の足に従うしかなかった。

そうしてやって来たのは学園裏の鬱蒼とした森。日がほとんど差さない奥深くまで来ると、目の前に一軒のボロ小屋が現れた。
「これでいいッスかね?フロイドくん」
そう声が聞こえ、振り返るとそこにはラギー先輩とフロイド先輩がいた。振り返れるということは、もう思い通りに体が動かせるらしい。
「やるじゃん、コバンザメちゃん。はい、お駄賃」
「まいどありッス!また御用があればいつでもどうぞ」
フロイド先輩から何枚かのマドルを受け取ったラギー先輩はにんまりと笑みを浮かべた。それからわたしにウィンクすると、さっさとどこかへ行ってしまった。

ああ、勝手に体が動いていたのは彼のユニーク魔法のせいだったのか、そう気づいたときにはもう遅い。わたしはフロイド先輩に背中を押され、小屋の中に足を踏み入れていた。

+ + + + + + + + + + + + + + + + + +

「ねぇ小エビちゃん、”脱出ゲーム”って知ってる?」
そう言ってフロイド先輩がドアを閉める。彼と2人きりのこの空間が急に窮屈に思えて、わたしは一歩後ずさる。すると、ガタガタと荷物が崩れるような音がした。振り返ると、本や銅の器などが転がっている。よく見れば小屋の中は小箱やがらくたなど、いろいろなものが雑多に置かれていて、さながら物置のようだ。

脱出ゲームがどんなものかは知っている。
密室に閉じ込められた主人公が謎解きをしたり、脱出に使えるアイテムを探し出したりして、どうにかその部屋から脱出を試みるゲームだ。もとの世界でも”リアル脱出ゲーム”なんてものが流行ったりしていたっけ。

「実はね〜小エビちゃんに楽しんでもらいたくて、オレ、ジェイドと一緒に”脱出ゲーム”つくったの。だから遊んでよ」
「へ………」
フロイド先輩は近くの窓をコツコツと叩く。
「結構手ぇかかってんだよ〜。逃げられないように窓やドアにも魔法かけてるし」
「え、なに…どういうこと、」
「だからぁ、小エビちゃんは今からこの小屋に閉じ込められてもらいまーす」
ギザギザの歯を見せながら機嫌よく笑うフロイド先輩に、こちらは頬が引くつく。魔法を使える人たちが作った脱出ゲームって最悪な予感しかしない。

「ちなみに制限時間は1時間。1時間を過ぎたら、なんと部屋に水が入ってきまーす」
フロイド先輩はご飯の献立を発表するみたいに軽々しくそんなことを言う。水が入ってくる?絶対に必要のないオリジナル要素だ。
「水がいっぱいになったら小エビちゃん死んじゃうでしょ。だから、死ぬ前に脱出できたらいいねぇ」
ゲーム主催者からの説明は以上のようだった。呆気にとられ、何も言えないわたしをニヤニヤ見下ろすフロイド先輩は、本当に底意地が悪いと思う。いや、これは意地悪ではない。彼は純粋に楽しんでいるだけなのだ。

このままだと本当にゲームが開始されそうだったので、わたしは慌てて声を上げる。
「だ、脱出って、あの、ドアからですか?!それとも、窓からでもいけるんですか?!」
「えーそういうこと聞く?ヒントなんて言わねーよ」
「そ、そんな、でも………」
「まあ、少なくとも壁を破壊して脱出する、みたいなことにはならないんじゃね?」
なぜそんなに他人事なのかと思えば、どうやらこの小屋に魔法をかけたりと細かな手はずを整えたのは、彼の片割れ・ジェイド先輩らしい。であれば、ますます嫌な予感がしてくる。

というのも、わたしは前回のかくれんぼで彼の力を借りることを拒んだ。もし、あのときのことをジェイド先輩が根に持っていたら…この小屋にちょっと意地悪な仕掛けをしていたとしてもおかしくない。

わたしはさり気なくフロイド先輩の背後を見る。彼の脇をすり抜け、3メートルほど先にあるドアに飛びついて脱出できる可能性はいかほどだろうか。しかし、そんな不審な視線に気づいたフロイド先輩はむんずとわたしの顔を掴む。
「つまんねぇこと考えないほうがいーよ。制限時間、減らしてやろーか?」
わたしは必死に頭を振って、抵抗の意がないことを伝えた。

+ + + + + + + + + + + + + + + + + +

こうして、望まぬ脱出ゲームがはじまった。
1時間以内に脱出できなかったら水攻めに遭うという最悪なオプション付きのゲームだ。なんとしてでも脱出しなくてはならない。

まずは無駄だと分かっていても、出口になりそうなドア、窓を一通りチェックして回る。もちろんどれも開く気配はなく、ドアには鍵穴があったが当然それを開ける鍵は見つからなかった。素直な脱出ゲームならば、このドアの鍵を見つければ脱出を果たせそうだが…そんな一筋縄でいくとは思えない。

それから、何か役に立ちそうなものはないかと荷物を漁ってみる。魔法を使えないわたしのために用意したのか、蝋燭やライター、ハサミ、そしてペンチなどの工具が出てくる。…彼らはわたしに、この脱出ゲームを心から楽しんでほしいようだ。苛立ちに任せて工具を窓に叩きつけてみたが、もちろん割れるわけがなかった。

それから30分間は一向に脱出できる兆しが見えなかった。
解いてほしいんだろうな、という謎解きは見つけたし、時間はかかれどそれらを解くこともできた。けれど、その謎解きで手に入れたのは小瓶に入った謎の水薬1本。

『息がしたいときに飲む』

瓶のラベルにはそう書いてある。できればこんな得体の知れない薬は飲みたくないし、息のできないシチュエーションが訪れるのかと思うとゾッとした。


しかし、それからもわたしは無駄に時間を消費していくことになる。彼らがわたしを導く謎解きは、わたしを馬鹿にするかのようなものばかりだった。床下に隠してあった箱を開けると”ハズレ”と書いてあるし、ポスター裏の暗号の通りに鍵付き小箱のロックを解除しても、中には何もなかったりした。

そうして制限時間があと10分という窮地に立たされた頃、わたしはようやくある一つの「鍵」を手に入れた。


拍手