3.許可

「あ、忘れ物…グリム先に出てて」
「分かったんだゾ」
朝寮を出ようとしたとき、図書館で借りた本を部屋に忘れていることに気づいた。たしか今日中に返却しないといけない本だったはずだ。急いで部屋に取りに戻り、それを小脇に抱えて再び玄関に向かうと、外から話し声が聞こえた。

「な、なんでオマエが朝からうちの寮の前にいるんだゾ?!」
「悪いがキミに用はないんだ、グリム」
「な、なにぃ〜?!」
そんなやり取りがドア越しに聞こえる。そうっとドアを開けると、1人と1匹が同時にこちらを見た。
「おはよう、監督生」
そこには両手を組み、軽くこちらを睨んでいるリドル寮長がいた。

「おは……」
「キミ、”なんでもない日のパーティー”の参加を断ったんだって?」
わたしが朝の挨拶をするよりも先に、リドル寮長が凄んでくる。
「あ、それは……」
「キミ、いい度胸がおありだね。なぜ断ったのか、その理由を教えてもらおうか」
「えっ、いや、あの……」
「それが正当な理由でなければ、キミにはパーティーに参加してもらうよ。必ずだ!」
とにかくすごい剣幕でまくしたてる彼に、グリムも呆気にとられている。

「お、おいおいおい!さすがにナマエも困ってるんだゾ…一体なにが…」
「申し訳ないが、グリム、キミは先に学校に行っていてくれないか」
「はぁ?!オレ様に命令するとは……!」
「これは” 寮 長 命 令 ”だ。…それともキミは首をはねられたいのかい?」
「ヒッ」
怯えたように駆けていくグリムを見届けたあと、寮長は改めてわたしの方に向き直る。

「さて、それでは歩きながら聞かせてもらおうか。キミがパーティーの参加を断った理由を」
鋭い眼光を放ちながらリドル寮長が言う。仕方なく彼と並んで歩きながら口を開いた。
「深い理由はありませんよ」
「じゃあその浅い理由とやらを教えるんだね」
「はあ…ではお伝えしますけど。ハーツラビュル寮主催のパーティーに参加するということは、ハートの女王の法律に従わなければいけないんですよね」
「もちろんその通りだ」
「わたしはあの膨大な法律を覚えられる自信がありません。法律を覚えられないとなれば、きっとパーティーで迷惑をかけてしまう。だから不参加を表明したんです」
「………」
「以上です」
リドル寮長は信じられないものを見るような目つきでわたしを見つめる。

「監督生、キミはそれを本気で……本気で言っているのかい?」
「もちろんです。法律を覚えるのって結構大変なんですよ。誰もがリドル寮長みたいに勉強が得意なわけじゃないんです」
そんな風に話しているうちに、わたしたちは校舎にたどり着いた。彼に別れの挨拶を告げると、エースたちと話し込みながら歩いているグリムに近づいた。

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昼食の時間になり、食堂でクリームパスタを食べていると、エースとデュースが同じく昼食の載った盆を持ってこちらにやって来た。
「監督生、隣いいか?」
「おい、それより聞いてくれよ監督生!」
落ち着いたデュースとは反対にエースは興奮気味だ。
「なんとうちの寮長が、オマエがハートの女王の法律を覚えていなくてもパーティーに参加していいって許可を出したぞ!」
「えぇっ?」
思わず間抜けな声が出る。今朝カンカンに怒っていたリドル寮長の顔を思い出しながら、わたしはフォークにパスタを巻きつけた。

「その代わり僕らが監督生をサポートするよう、頼まれたんだけどな」
「なぁなぁ、すごくね?うちの寮長がこんなにルールに甘くなることあった?ナマエがあの法律”命”の寮長を手籠めにしちまうなんて!」
手籠めにする…というのは少し違うと思うけれど、何とかしてわたしをパーティーに参加させたいという、リドル寮長の熱意は伝わった。とりあえず「参加できるんだね、ありがとう…」と複雑な思いでお礼を口にする。

「嬉しいんだゾ!これでオレ様もパーティーのご馳走にありつける!!」
「監督生とグリムが参加してくれたら、パーティーももっと楽しくなるな。僕たちも嬉しいよ」
呑気に喜んでいるデュースとグリムを横目にパスタを啜り続けていると、エースが急に意地悪な顔になる。
「それにしても、寮長もこいつのことになると必死なんだから。さすが”唯一リドル寮長が従わせられない女”だわ」
「変な異名をつけないでよ」
「だって本当のことだろー」
エースはにやけ顔でオムライスを口に運ぶ。彼の一口は大きく、そのペースだと1分も経たないうちに昼食を食べ終えてしまいそうだ。


「別に、わざわざ彼の神経を逆なでするような行動をとっているつもりはないんだけど…」
「バーカ!分かってねーなぁ、オマエは。リドル寮長はな……!」
「なんだか楽しそうな話をしているじゃないか。ボクも入れておくれよ」
怖いくらいに冷たい声が聞こえ、石化したようにエースが固まる。彼の後ろには腕を組んでわたしたちを見下ろすリドル寮長がいた。
「キミたちは少し声が大きすぎるようだね」
「ろ、ローズハート寮長!これは失礼しました!!」
「すんません!あの、こいつらに、監督生たちにパーティーのこと教えてやってたんすよ!なっ、オマエら!?」
わたしとグリムが頷くと、寮長は「ふぅん」と声を漏らした。そのあと彼は、うん、と一つ頷く。

「…そうだ。彼らにもパーティーの準備を手伝ってもらおう」
リドル寮長の言葉に「えっ?!」とエース、デュースが同時に声を上げる。
「パーティーの開催は3日後だ、ケーキ作りに薔薇の色塗り、仕事はたくさんあるだろう」
「まあ、そりゃ…そうっすけど…」
寮長はなぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「それではエースとデュース、放課後、彼らをうちの寮に連れてくるように」
「分かりました!」
「…へーい」
別に今は試験が近いというわけでもないし、特段手伝うことに抵抗はないのだが、この学校の生徒はいつも身勝手に物事を進めるなと改めて思う。

「それから、キミたち……いや、か、監督生」
「はい?」
リドル寮長はきつい目つきでわたしを見つめたあと、なぜか気まずそうに視線を逸らす。
「準備の際は、汚れてもいい服で来るように……」
たしかに、魔法を使えないわたしは準備の際、何かと手間取うことがありそうだ。
「分かりました、運動着で行きます」
わたしがそう答えると寮長は満足げな顔になった。けれど「寮長やっさしい〜…」というエースのつぶやきを耳ざとく聞きつけ、またすぐしかめっ面に戻ってしまった。


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