効果は抜群(前編)

※主人公≠監督生


雲一つない青空を見上げながら、大きな溜息をつく。手に持っている箒が心なしか重く感じる。こんなに天気のいい日に飛行術の授業だなんて。そりゃあ飛ぶのが得意な生徒なら、さぞかし気持ちいいだろう。けれど、そもそも高所恐怖症の自分はこの授業が嫌いだ。箒に跨って空を飛ぶなんて発想がもう論外だ。全然面白くない。

そんな沈鬱な面持ちで空を見上げていると、誰かがわたしの肩をポンッと叩いてきた。
「よう、ナマエ!暗い顔してどうした?腹でも痛いのか?」
「カリム……」
白い歯を見せながら話しかけてきたのは、クラスメイトのカリムだった。
「いやぁ…わたし、どうもこの飛行術っていう授業が苦手で…」
「なんでだ?空を飛ぶのは気持ちいいじゃねぇか!」
「高いところが…苦手なんだよね」
「ああ、そういうことか」
カリムは憐れむように眉を下げる。
「じゃあ、今日は無理をするなよ!苦手なものを直すって、なかなか難しいからな。そうだ!よければ今日の授業はオレが…」
「あー!ナマエくんじゃないッスかぁ」
カリムの言葉を遮るように別の声が被せられた。その声がした方を振り向くと、肩に箒を乗せたラギー・ブッチがこちらを見ている。

「そっか、今日はA組と合同授業なんスね。ラッキー……シシシッ」
「おう!ラギーか、今日も調子がよさそうだな!」
急にラギーが話に入ってきたことに嫌な顔一つせず、カリムは弾けるような笑顔を彼にも向ける。
「どうもッス。それよりナマエくん、今日の授業はオレと組みましょうよ。カリムくんもそれでいいッスよね?」
ラギーはニヤニヤしながらカリムの顔を見た。
「ん、ああ、オレは構わないぞ!オレは別のパートナーを探すからな、じゃあ二人とも頑張ってくれ!」
そう言ってカリムは爽やかに去っていった。

「……わざわざ別のクラスのわたしと組まなくてもいいんじゃないの。それにわたし、この授業苦手だから迷惑かけると思うよ」
わたしの隣でにやけ顔を続けるラギーにせめてもの嫌味を言うも、彼は意に介していない様子だった。
「ナマエくんのお世話だったらお安い御用ッスよ!むしろ、今日はオレがたっぷりサポートしてあげるんで、胸を借りるつもりで来てくれて構わないッス」
「借りないよ…」

ラギーはこういう男だった。わたしを見つけると放っておくことがない。特に授業が一緒になったときなどは、必ずわたしを捕まえた。ペアになれないときでも、実験の様子を見に来るフリなどをして何度も接触しにやってくる。とにかく彼はわたしに強い興味を抱いているようだ。


「そっか、ナマエくん、高所恐怖症なんですっけ」
案の定、じんわりと浮上していくわたしを見ながらラギーが漏らした。バランスは取れているし、箒のコントロールもできているので、あとは気持ちの問題だ。気持ちさえどうにかなれば、もっと高くへ浮上できるのに。

ラギーはわたしよりやや上方で滞空していたが、やがてするりとわたしのいる位置まで下りてくる。
「ナマエくんなら大丈夫ッスよ、そう簡単に落ちたりしません」
そう言ってわたしの左手を取った。
「ちょっ!!な、なにしてんの、あぶなっ……」
「ほらほら、右手でちゃんと柄を握って。このまま上に上がるッスよ〜」
「やめろ馬鹿……!!」
ラギーはそのままわたしの手を引くように上昇していった。

「大丈夫、大丈夫。オレがついてるッスから」
「そういう問題じゃない!!」
「とか、そんなこと言っているうちに、大分上がったッスよ?」
言われてはじめて、見たこともない景色の高さまで飛んでいたことに気づいた。「ヒッ」と情けない声が口から漏れ、強くラギーの手を握ってしまう。
「おっと……ナマエくんったら積極的なんだから〜」
シシシッと笑いながらわたしの手を握り返すラギー。
「いや、これはそういう意味じゃないし、そういうことしてる場合でもない!!」
「あー、そんな言い方するなら、この手、離しちゃってもいいんスよ?」
ラギーは握ったわたしの手をゆらゆらとさせた。当然、それと連動してわたしの体も揺れる。

「あーあー…泣きそうな顔しちゃって」
恐怖で何も言えなくなってしまったわたしを見て、彼はまた笑った。本当に嫌な奴。けれど、今彼にたてついてしまっては、命の保証がない。わたしは黙って彼の手を握り続けるしかなかった。

最終的にどうにか地上まで下りることができた。しかし、わたしたちは始終手を握り合いながら飛行していたため、周りの生徒に好奇の目で見られたのはたしかだった。
「楽しかったッスねー!また一緒に飛びましょうね、ナマエくん」
授業が終わると、ラギーが親し気にわたしの背中を叩いてくる。けれど、わたしは無言でその場を立ち去った。


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