マジックなんて

「オレ、マジックが得意なんだ」
エースがそう言ったとき、わたしは自分の顔が引きつるのが分かった。けれど慌てて笑顔を張りつけ、「すごいね」と言う。エースは「今度とっておきのを見せてやるよ」なんて得意そうな顔をしていたから、わたしの取り繕った笑顔については何も感じていなかったようだ。

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わたしはマジックが嫌いだ。とても嫌な思い出があるからだ。

もとの世界にいた頃、トランプマジックで告白するのが流行った時期があった。詳しいタネはよく知らないが、好きな相手に「ハートのエース」を引かせることが告白に成り代わる行為となっていたらしい。

もう少し説明すると、この行為はマジックというだけあってそれを見守るオーディエンスも当然集められる。そんな中、想いを寄せる相手に「ハートのエース」を引かせ、「自分はあなたのことが好きだ」と想いを知らせるのだ。簡単に言うとこれはマジックと言うより『公開告白』である。

だから、このマジックは告白の成功率が高くなければ成立しない。(そりゃそうだ。ドヤ顔でハートのエースを引かせたのに相手に振られてしまっては、とんだ大事故だ)だから、ほぼ確実に”両想い”の相手と付き合う最後の一押しとして、いわば交際をはじめる一種のパフォーマンスとして、スクールカースト上位の人間たちを中心にこのマジックが流行った。


そしてある日、わたしはそのマジックのオーディエンスとして参加を強いられた。大して仲が良くないクラスメイトに悪ノリで誘われたのである。しかもそのマジックを大人しく見守るだけでなく、参加しろとまで言われたのだ。

マジックをする男子(つまり好きな女子に告白をする男子)は、よりパフォーマンスを盛り上げるために、オリジナル要素を盛り込んだマジックを披露する予定だった。通常ならば、トランプを引く人間は1名のみ―――自分が狙っている異性に限定されている。しかし今回は、3名の女子にトランプを引かせるという。

わたしは嫌な予感がしていた。簡単なマジックなのかもしれないが、慣れないことはすべきでない。しかしわたしは、マジックを披露する男子に「ミョウジは2番目に真ん中のトランプを引いてくれ、絶対真ん中だぞ」と念を押され、仕方なく頷くしかなかった。

そして結局のところ、わたしの予感は的中した。
男子が三枚のトランプを机に並べ、「順番に好きなトランプを引いてくれ」と上ずった口調で言う。1人目の女子が一番左のトランプを引き、素早くめくった。それは「クローバーのエース」だった。マジックを見守るオーディエンスから軽い歓声が上がる。男子の口角も上がりっぱなしだ。
続いてわたしの番。先ほどの女子が引いたトランプの右隣り、もともと真ん中に位置していたトランプを引いて、同じようにめくる。

―――そのトランプは、ハートのエースだった。

周りにどよめきが走る。そして誰かがこういった「へぇー。お前ミョウジのこと好きだったんだ―、意外」と。その瞬間、爆発したように周りに笑いが起きる。本来、ハートのエースを引く予定だった隣の女子も笑っていた。笑っていないのはわたしと、トランプマジックを披露した男子だけだった。

その後、わたしはその男子から凄まじい罵詈雑言を浴びせられた。そのカードをわたしに引かせしまったことは確実に彼のミスだったのに、言いようのない恥ずかしさや悔しさを発散すべく、わたしを罵ったのだろう。
ちなみにその彼と、彼が恋していた女子はほどなくして付き合うことになったらしい。けれど、彼は当然わたしに謝罪するようなことはなかった。


それからというもの、わたしはマジックそのものが大嫌いになった。わたしにとってマジックは人を傷つける道具、自分本位で相手を弄ぶ凶器でしかない。そもそもマジックが成功して悦に浸るのは、マジックをした本人だけだ。マジックを披露するのは自己満足のためであり、相手を喜ばせたいからではない。
だから、エースがわたしにマジックを披露する日なんて永遠に来なければいいと思っていた。

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「監督生ーちょっと見てほしいもんがあるんだけど」
昼休み、校内のベンチに座って本を読んでいると、どこからともなくエースが現れた。片手を後ろにかくし、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「なに?」
本にしおりを挟んで彼を見上げると、エースは嬉しそうにわたしの隣に座った。
「実は、オマエに見てほしいマジックがあるんだよね」
エースは隠していた手を前に出す。その手の中にはつやつやとしたトランプ一式が収まっていた。途端にわたしの気持ちはしらけはじめる。

「ごめん、他の人あたってくれる?」
「えぇ〜?オマエどうせ暇なんだろ?だったらオレの暇つぶしにも付き合ってくれよー!」
「暇じゃない」
「そんなこと言わずにさぁ」
再び本を開こうとするも、それをエースに取り上げられてしまう。彼は本を自分の後ろに隠すと、軽やかにトランプをきりはじめた。

エースが披露したマジックはいかにもマジックらしいものばかりだった。エースの手の中で消えたカードがわたしの制服のポケットから出てきたり、わたしのめくったカードをエースが言い当てたり…そんなマジックの数々を、エースは楽しそうに披露した。


「んじゃあ最後、この4枚のカードの中から好きなの一枚引いてよ」
エースはベンチの上に4枚のカードを横一列に並べた。マジックに心底興味がなかったわたしは、すぐに一番左のカードを選ぶ。
「おっと!カードはまだ見ないでくれよ」
カードを持ったわたしの手の上に自分の手をかざしてエースが言う。
「今監督性が引いたのは、オレがオマエのことを”どう思ってるのか”ってのを表すカードだ」
エースはわたしの反応を見るようにチラリと視線を寄こしたあと、言葉を続けた。
「そのカードがスペードのエースなら、オレはオマエに友情を感じてる。ダイヤのエースなら、ライバル。クローバーなら、家族や兄弟みたいに思ってる。そしてハートのエースなら……」
彼はわたしの手ごとカードをひっくり返す。そのとき、わたしは知らないうちに小声で「やめて」と言葉が漏れていた。
「……愛情だ」
わたしの手にはハートのエースのカードが握られていた。

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「おい、ナマエ!待てって、なんでそんなに怒ってんの?!やっぱキザすぎた?だからってそんな怒る?なぁ理由ぐらい聞かせろって……!」
校内をあてもなく歩くわたしのうしろをエースが追ってくる。昼休みはとっくに終わっていた。
「たしかにオレっぽくない告白の仕方だったかもしんないよ?でもさすがにガン無視はないっしょ!」
エースがわたしの前に回り込むので、苛立ちに任せて彼を睨みつけた。

「わたし、マジックって嫌いなの」
「え?」
「昔、マジックで笑いものにされたことがあるから」
わたしはいまだに握りしめたままだったハートのエースのトランプを彼に押しつける。
「あのときも、こうやってカードを選ばせるマジックだった。でも、マジックが失敗して相手の告白も失敗した。それをすべてわたしのせいにされた」
エースは言葉を失った様子で、力なくカードを受け取る。
「だからもう二度とわたしにマジックを見せないで」
言い切って気持ちが楽になったのは一瞬だけだった。直後、エースの告白を全否定してしまった自分にたちまち嫌気が差し、今日はもう寮に戻ろうと力なく彼に背中を向けた。


「ちょ、ちょっと待て!!!」
あまりに声が大きくて体がビクついた。振り返ると怒った顔のエースがつかつかと近寄ってくる。
「分かった、ナマエの気持ちはよーく分かった。でもさ、究極それってオレのマジックに関係なくね?!オレは今日めちゃくちゃ本気でマジックやったんだぜ、オマエに気持ちを伝えるために!!」
それから彼は制服のジャケットのポケットに両手を突っ込む。
「いいか、どれくらい本気だったか教えてやるよ!」
エースがポケットから勢いよく手を出すと、バラバラとトランプのカードが舞った。そのどれもが”ハートのエース”だった。

「こんなこと言いたくねぇけどさ…オレってこう見えて、念には念を入れるタイプなのよ。だから、マジックを成功させるために、こんだけ同じカード仕込んでたの!……もちろん、オマエに選ばせた4枚のカードも全部”ハートのエース”だったってわけ」
彼は子どもっぽくむくれた表情でわたしのジャケットのポケットに手を突っ込む。いきなり何をするんだと怒るよりも先に、彼はそこからカードを一枚取り出した。それはやはり、ハートのエースだった。
「そんな嫌な記憶忘れて、ちゃんとオレと向き合ってよ。こんなくせーことするくらい、オレはマジなんだからさ」
そう言ったエースは見たことがないくらい不安げで弱々しい表情をしていた。


その日以来、わたしはときどきエースのマジックの練習相手になるようになった。練習相手というより、ただエースが一方的にわたしを楽しませたがっているだけのようだったけれど。
「あのな…この間の告白は、なし!なかったことにしてくれ!結局、ナマエにタネも見せちゃったし、あとオレが納得できるマジックじゃなかったからな」
ある日、エースが2等分したカードをパラパラと噛み合わせるようにシャッフルしながらそう言った。
「だから、オマエがオレに惚れちまうようなすげーマジックを完成させたら、今度こそちゃんと告白する」
「そっか…でも、なんでマジックにこだわるの?」
「なんでって、そりゃ…」
エースは手元でカードを扇状にし、その中から一枚引くようわたしに促す。真ん中あたりのカードを一枚引き抜いた。裏返すとそれはハートのエースだった。すぐさまエースも自分の手元のカードを裏返して見せる。他のカードはみなバラバラで、以前のように”仕込んでいる”わけではないらしい。彼は「ズルはしていない」というようにニヤリと笑ってみせた。

「まあ…なんつーか、オマエの嫌な思い出を、オレが塗り替えてやりてー…みたいな?」
見事なドヤ顔をしながら言うので、思わず笑ってしまう。けれど、マジック嫌いをマジックで直す…というエースの戦法は、案外悪くないかもしれない。わたしを楽しませたくて、喜ばせたくて一生懸命なエースのマジックが、今では少しだけ好きになっていたからだ。そして、そんなエースの”とっておきのマジック”を見せてもらえる日をのんびりと待つのもまた、悪くないと思っていた。


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